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065 ビル工事(その2)

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以前に記載したが、弊社の東商センタービルのある向いのビルが壊され、新しいビルが建設される。その続編。

東商ビル前
まず、前回にも載せた壊される前の状態。

東商ビル前
屋上に穴が開けられた。

東商ビル前
みるみる削られていく・・・。

東商ビル前
手前のビルだけでなく奥のほうも削れていく・・・。

東商ビル前
見事に取り壊されてしまった。

東商ビル前
更地直前の状態。

東商ビル前
手前の方が綺麗になってきたら、奥のほうのビルも壊され始めた。

東商ビル前
数日で姿がなくなってしまった。

ここまで要した期間は、6月上旬からだから、丸2ヶ月を要していない。振り返ってみると早いもんだ。

これから高いビルが目の前に出来る。前方の視界が奪われるわけだ…。

064 捨てるに捨てれない一品群(2)

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週末に地元に帰る(7月7日20:00~7月10日14:00)第2弾。

誰も住まない田舎の実家の大掃除、粗大ごみの大量処分が目的。今回はその第2回目になる。
 
今回は主に自分が小学校から高校までいた2階の整理。

レトロ
自分が幼稚園当時の面子(メンコ=地元では「いっちょ」)が出てきた。自分が幼稚園時代のものが残っているのは凄いことだ。都会だと自宅スペースの問題で捨てざるを得ないはずだ。
こうなるともう、捨てれないよなあ~。

レトロ
当時の実家は商売をしていたので、この「任天堂光線銃SP」は商品だ。テレビで宣伝した頃をよく覚えている。ファミコンがブレイクする前の任天堂は、花札とこうした商品を製造販売していたのだ。

文豪具書店をやっていた関係で、郷ひろみや山口百恵の明星・平凡のアイドルがほほ笑む何月号かの宣伝ポスターも出てくる。書店でなければ手に入らない分、当時のアイドルファンには垂涎モノだろう。

レトロ
自分が小学生の頃は切手収集が流行っていた。いろいろ集めたもんだ。そのまま残っているのが素晴らしい。

レトロ
価値のつかないものも多いが、結構値が張りそうな切手もそこそこありそうだ。

レトロ
札幌オリンピックの記念切手もある。そう言えば、札幌オリンピックのフィギュアスケートのジャネット・リンは転んで(尻餅をつく)も笑顔で滑り続けた。それが影響してか3位になったのだが、笑顔で滑り続けたことが、日本では更に人気が出た。1位 2位は全く誰かさえ覚えていないが、3位の彼女を今でもしっかり覚えている。

レトロ
これ、東京オリンピックの記念切手なのかな?

レトロ
時代劇に出てくる骨董品的なものもあった。何と呼ばれるのかさえ分からないが、私の親の親あたりが使っていたものだろう。これはかなり貴重だ。

レトロ
親父が使用していたテープレコーダーもある。音楽用のオープンリールに比べると機能は低いし音質も全然良くない。カセットテープの音質の比にもならない。

レトロ
旺文社のカセットLLもあった。当時は音楽聞きたくても電気製品なんか買って貰えなかった。そのため英語の勉強するから買って欲しいと無理やり親にねだってカセットLLを買って貰った。そうでもしなければ、カセットビデオレコーダーなんか絶対買って貰えなかったからだ。

レトロ
高校時代に使用していたカバン や 中学校や高校の教科書や学校の試験問題もそのまま残っていた。
まさに、住んでいた2階の部屋は自分が高校時代を最後に時間が止まったままだ。そのまま残っているのが何とも凄い。連ドラの「あまちゃん」の時がとまったままの隠し部屋みたいなもんだ。

レトロ
昔話に出てくるような家の中央にある囲炉裏。小さな頃、ここに炭火で魚を焼いていた時代があった。今思えば炭火で魚や鍋物をするのは贅沢なんだろうが、私が小学校になった頃は上に板を置かれて全く使わなくなった。家の奥で薪で食事を作っていた形跡もあるのだ。いったい何時代の人間なんだ!

レトロ
名称は分からないが天井上からぶらさがっていて、ここに鍋とか吊るすんだけど、今となっては貴重なものだ。

063 ビル工事

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弊社は柳橋の東商センタービルにいるが、ちょうど道路を面した正面のビルが壊され、新しいビルが建設中となっている。

東商ビル前
こちらは、まだ工事が始まる前の様子の浅草橋界隈。向こうに高いビル群があるが、浅草橋駅前の大通りあたりのビル群、秋葉原街までビルが続いている。

東商ビル前
まさにちょうど窓越しに見えるビルとその奥が解体されている。最初はドリルを使っていたときは、窓を閉めていても騒音が凄く電話の声が聞き取り難いほどだった。隣のビルはたまったもんじゃないと思ったし、こりゃ誰かから苦情が出るんじゃないかと思うほどの騒音だった。
暫く騒音に悩まされていたのだが、1~2週間した頃だろうか、突然ドリルによる騒音がなくなった。

東商ビル前
パワーショベルの登場で大きな騒音は少なくなった。これからどんどん解体されて更地になって、その後ビルが目の前に徐々に形をあらわすことになる。

何とこちらのビルより高いビルが建つのだ。完成する頃は、向こうが見えなくなってしまうことになりそう…。

これから適当な間隔で撮影しようと思っている。

062 ジャパニーズ オペラ

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5月27日(土)松戸市民劇場 「オペラ恵信尼さん」

これは、親鸞聖人の妻・恵信尼(えしんに)さんのジャパニーズ オペラ。
『 親鸞聖人の妻・恵信尼、八十八歳の手紙に学ぶ。老いを生きる、母から娘へ! 』

仙道オペラ
恵信尼(ソプラノ):柏原奈穂さん
語り(ソプラノ):山口佳子さん
ピアノ:斉藤美香さん
打楽器:斉藤裕子さん
作曲・台本・演出:仙道作三さん

仙道オペラ
親鸞聖人は(1173~1262)享年90、親鸞聖人の妻(1182~1268)享年83 となると、約750年前の人。750年前の時代背景なんて、私にはさっぱり分からない。
どんな生活をしていたのかさえ分からないが、当時としては物凄く長寿だ。

仙道オペラ
JAZZ派の私は、Bill Evans、Keith Jarrett・・・それとなくJAZZが難解なるものを知っている。渋い音楽だ。

仙道オペラ
オペラって言うと、JAZZと大きくファン層の異なるもの思っていたし、確かにそうだ。

仙道オペラ
しかし、仙道作三さんのオペラを何回も生で聴いているうちに、JAZZとかジャンルの意味が分からなくなってきた。

仙道オペラ
日本語をオペラにしてしまうのだから、そりゃ滅茶 渋いですわ。
扱う題材も渋い。それを、全て作曲、演出含めてだ。

仙道オペラ
ソプラノの柏原奈穂さんが終始 尼姿のため、せっかくの美貌がかき消されてしまった。

仙道オペラ
ここは一歩先に進んで、750年後の現代版 、ドレスをまとった「恵信尼さん」の演出は無謀か?(そりゃ無理だろうなあー)

仙道オペラ
こんな馬鹿な事言っていると、重鎮 仙道さんに怒られる。

仙道オペラ
お見事でした。演奏者はスコア譜を見れるが、恵信尼さん役はそうはいかない。

仙道オペラ
1時間を超える長丁場を、殆ど出ずっぱりで、あのオペラ独特のトーンで歌う。歌詞を覚えるだけでも滅茶苦茶大変なはずだ。

変なところで感心してしまったが、主演・出演者のかたのプロ意識 とても素晴らしかったです。

061 捨てるに捨てれない一品群

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週末に地元に帰る(5月12日20:00~5月16日14:00)。

主亡き田舎の実家の大掃除、粗大ごみの大量処分が目的だ。確認しながら処分するので10回程かかりそう。今回はその第1回目になる。
 
第1回目は普段生活していたところから…。

レトロ
あるある・・・ちょっと捨てるのが惜しい雑誌も沢山ある。これらはその一部。売らずに残しておこう…と思うと全然整理がつかないので、話のネタになりそうなものだけ残して処分する。どれも綺麗な状態で残っている。

レトロ
昭和40年代初期の雑誌、一冊60円!

レトロ
FLASH、FRIDAY、TOUCHの創刊号も綺麗な状態に驚いた!
FLASHは角栄さんの豪邸でのリハビリ姿? FRIDAYは三島由紀夫の割腹自殺の写真、TOUCHは今 結婚式で話題の松田聖子の娘、沙也加ちゃんお披露目写真だった。

レトロ
一世を風靡した明星・平凡の最終号。これ1冊で2時間くらい時間を潰せる。

レトロ
ちょっと表紙だけが黄ばんでいるのが残念だが、美智子妃殿下の美しい姿、私の母親が残したものだろうか? 保存が綺麗なままだ。

レトロ
何と!何と!このノート、私の生まれた直後の日記だった! 父親がメモッた内容だ。私が午前4時半に生まれたことも、ここで知った。自分を知る超貴重な内容が記されている・・・自分は親父に期待されたんだなあと実感する。

レトロ
良くあるオモチャのライター。金属でずっしり重い。他に光線銃SPなるものもあった。これは、ライオンの額にライフルが放った光線が当たると、ライオンが「ウオー」と吠えるゲーム感覚のおもちゃだ。当時はテレビで宣伝されていた。証拠の写真は後日、整理して掲載します。

レトロ
これも銅製なのか?ずっしり重い。自分が小学生の頃からこの馬の存在を知っている。

レトロ
汗を滅茶苦茶かいたのだが、風呂のガス器具が壊れお湯が出ない。バスで30分以上揺られて地元の日帰り温泉入浴に出掛けた。

レトロ
水掛け地蔵の言葉を知る人は多いと思うが、これはお湯掛け地蔵だ。さすが温泉地。

レトロ
手にお湯をかけてみた。この温度でお風呂に入ると少しぬるいかな?レベルだった。
私の後ろ側にも水蒸気が出ていて、まさにお湯が湧き出していることが分かった。

060 銀座ギャラリーでの絵画展

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5月9日 銀座のギャラリーでのお世話になっている白鳥画家の絵画展。

白鳥十三絵画展
銀座・幸伸ギャラリー 、2017年5月8日(月)~ 5月14日(日)、11時~18時(最終日17時まで)での陣中見舞い。

白鳥十三絵画展
ちょうど奥様とその友達に方もいらして、ギャラリーは賑やかな状態だった。一度だけだが、自宅のアトリエに出掛けて奥様の料理を頂いたことがある。その時、ついでにパソコンの設定もやらされた…(笑)。

白鳥十三絵画展
音楽関係の方、美術関係の方、それぞれの方の話を伺うと違う人生を味わえるので非常に面白い。

白鳥十三絵画展
路地から大通りを出ると、最近オープンしたばかりのギンザシックスがあり、ブランドショップが立ち並ぶお洒落な一帯だった。

059 帆船模型展

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4月18日、銀座の寿司屋に行く途中、ちょっと交通会館に立ち寄ると帆船模型展なるものをやっていた。

帆船模型展
実は、若かりし10代後半の頃、木製の帆船模型にはまって作成したことがある。10代後半の頃を思い出して目が釘付け状態!

帆船模型展
当時、東京に行く機会があるとき、大型模型店で帆船模型キットが数万円で売っていたので大枚はたいて買ったものだ。

帆船模型展
小さい頃からプラモデルは無数に作成していたが、帆船模型はプラモデルと全く違い、殆ど全てが細い薄い木を加工制作する。細い木をハンダごての熱を利用して一本一本湾曲を出して作るのだ。

帆船模型展
特に船体の側面の湾曲は難しく、その片側側面だけ仕上げるだけでも数ヶ月かかった。時間が持てなくなって出来なくなったがこれは男のロマンだ。

帆船模型展
ここに展示されているのも1年とか2年、それ以上かかっているものもあり、まさに時間にゆとりがなければ出来ない贅沢な趣味なのだ。

帆船模型展
熱中してやりたいが、もうあの時のような時間が持てないだろうな…。

058 糸魚川3日間

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お世話になった叔母の葬儀で、4月8日(土)当日の写真撮影の仕事をして夕方から地元 糸魚川へ。9日早々に地元のお寺で葬儀と納骨式。

糸魚川円照寺
何故かビデオを回している自分がいた。後で編集してDVDにしてドキュメンタリー動画を渡そうかなと思ってのこと。

糸魚川円照寺
おときは糸魚川の駅北の[春よし]さん。何と昨年暮れの大火の現場の目と鼻の先にあった。

糸魚川円照寺
[春よし]さんを左手にしてカメラで撮ったのがこの写真。ちょうど写真中央の電柱まで20メートルちょっと。3軒先だ。

糸魚川円照寺
先ほどの電柱が手前にある。瓦礫は消えたもののこのありさまだ。ニュースで見た映像と同じだった。当時は火の海、[春よし]さんも諦めたことだろう…。しかし、今は一生懸命頑張っていらっしゃる。

糸魚川円照寺
翌日、10日は「けんかまつり」だ。この機会だから見学に出掛けた。

糸魚川円照寺
午後には、しっかり1件お客様訪問して東京に向った。

057 落語と新潟地酒の会

01:社長ブログ

4月6日 上野御徒町で落語と新潟地酒の会

落語会
私が役員として動いている某団体の主催の落語会、写真と3台のモニターによるリアル映像。

落語会
音響の関係で落語の最初の出囃子がない。三遊亭白鳥さんの座る高座台は机2つ合わせた白いテーブルクロスの出来合い。

落語会
三遊亭白鳥さんはこれをネタにして笑いを誘っていたが、『もう来ることないからいいんですけどねー』なんて冗談なのか本気なのか分からない語り。

落語会

056 4月…新卒の季節

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4月4日 天気は最高。
台東区浅草橋に事務所を置いている関係で、採用手続きに上野界隈を出歩く。
社会保険に関する手続きは、上野不忍池のある道路を挟んだところ。雇用保険関係は駅の向こう側の浅草通り。明らかに新卒社会人と思われる人達ちが上野界隈を歩いている。良いもんだ~。

新卒の季節
私の会社は社員が10名少し手前ゆえ、採用から各種申請から給与計算、技術、営業とやってきた。小さいながらも社長業を10年を超えると誰でも浅く広くこなせるようになる。但し、技術と営業は永遠にクリアできない難しい分野。

新卒の季節
事務処理は自分でVBA作成し、簡易ツールを利用すると30名位まで何とか自分一人でも対応出来そう。頑張れば社員40名でも出来るかも。(この人数なら人に任せるべきだが)
しかし、技術、営業は人がいないと何も出来ない。結局、企業は技術(サービス)と営業が出来なければ成り立たないと痛感する。

新卒の季節
今年で11期目だから、なんだかんだで10年を超えた。巷の統計だと10年後の企業生存率は6.3%。1,000社あったら63社しか残っていない。実に937社は消えていくことになる。

新卒の季節
20年後の生存率 0.4%(生存ほぼ 0社)、30年後になると 0.021%(限りなく0社)、そう考えると50年企業、100年企業って物凄いことが分かる。逆に50年、100年存続できれば、優良企業になれる?かもと勝手な解釈をする。非常に身近なところにも 50年、100年企業を知っている。
 
自分の会社が50年企業にするには、あと40年も必要になる。
100歳まで頑張るか、仙人にでもならなきゃなあ。(笑)

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