031 パソコン通信

03 : コンピュータとシステム

パソコン通信、この言葉を聞くと、ビーガリガリの音とアナログ電話回線時代を思い出す。

Windows95はOSそのものにTCP/IPを備え、インターネット通信が可能となった。
確かにインターネットを使える環境になったが、コンテンツは貧弱で通信速度も遅く、とても便利なツールになっていなかった。
よって、私的には Windows95時代にインターネットを積極活用した記憶があまりない。

NIFTY SERVE

むしろ NIFTY SERVE によるパソコン通信の記憶の方が大きい。
NIFTY SERVEは、世界最大の米CompuServeの日本版であり、関係者には大きな話題になった。富士通と日商岩井が立ち上げたサービスだ。

当時のパソコン通信は、アスキーネットやPC-VAN(現 BIGLOBE)なる大手も存在したが、草の根BBSなる小さな通信団体が幾つもあった。何か一つに入った記憶があるが、全く内容を覚えていない。

それぞれがフォーラムみたいな集まりで意見交換をする。
今のインターネットと異なり、そこに入会しないと情報交換も何も出来ない閉じた世界だった。

パソコンとモデム、電話回線の向こうに世界が広がった。
しかし、電話回線に接続する時間がそのまま電話料金となるため、気楽にパソコン通信を楽しんだ記憶が全くない。貧乏性な私は最低限だけ接続し、直ぐに回線を切っていた記憶だけ覚えている。

夜11時から朝の8時まで定額制のテレホーダイサービスなるものはあったが、11時を過ぎると、みんながパソコン通信を行い、接続しにくくなった。

この頃は、MS-DOSで動作するフリーソフトが流行り出し、パソコンのフリーソフトをダウンロードするためにだけ加入していたような記憶もある。
確か 今も高い評価の JW_CAD や圧縮解凍プログラム LHA の原点はここから誕生したんじゃなかっただろうか?(これは、私の不確かな内容です)

ソフトを探す時間とダウンロード時間が面倒と思う人も少なくなく(私もその一人)、フロッピーが付いたフリーソフト集が店頭に並んだ。私も手軽なだけに買った。

まだまだ、常時接続・高速通信の時代は到達していなかった。
しかし、インターネットと高速回線が整備され出し、パソコン通信の多くの組織は西暦2000年を迎える前に相次いで撤退していった。

NIFTY SERVEだけは2006年まで頑張り続けたが、既に私はインターネットに完全シフトしていたため、その頃の状況は全く知らない。まさに昭和を感じる文面だ。


当時、ITセミナーの講師をしたことがあった。
「いづれ近いうちに、通信回線は高速になり、24時間誰でも料金を気にせず使える時代が来ます」と、語ったら。
「そんな馬鹿な時代が来るわけないじゃないか」と、言われた。
今でも決して忘れない言葉だ。


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