053 サザンオールスターズ/熱い胸さわぎ

08:自分音楽レコード史

本当はサザンオールスターズを「自分音楽レコード史」に加えることに迷った。
彼らが青学で音楽活動していた頃、自分も同様に音楽活動をしていた。

サザンは軽い乗りの音楽、我々は洋楽を取り入れた正統ポップス路線。自分はそう錯覚していた。

サザンのデビューはヤマハのアマチュアバンドコンテスト EastWest がきっかけだが、このコンテストは当時としてはバンドの登竜門だった。その後、登場するテレビの「いかすバンド天国」みたいなもんだ。

サザンの他、カシオペア、シャネルズ、子供バンド、スーパースランプ(爆笑スランプ)、アナーキー、ウシャコダ、SHOW-YA、HOTTENTOTS(ボーカルが久保田利伸) など輩出している。
ガールズバンドのブローインフリー、たぬきブラザーズ、ぴかぴか・・・今もしっかり名前を記憶している。

我々は、あっけない予選の初戦落ち!

カシオペアは別格としても、当時のバンドは大なり小なりテクニックは似たり寄ったり、何かが光っているか いないかの違いだけだ。
「たまたま運が良かっただけ」、嫉妬心もあったのだろう、冷ややかに見ていたもんだ。

サザンオールスターズ/熱い胸さわぎ
サザンオールスターズ/熱い胸さわぎ 1978

1977年の EastWest でサザン・オールスターズは入賞(桑田氏はベスト・ボーカリスト賞)した。グランプリはたぬきブラザーズだ。たぬきブラザーズなんて、当時バンドでもやっていない限り誰も知らないだろう。

サザンは、その翌年に勝手にシンドバッドでデビューした。
おふざけ音楽で業界は誰も相手にしなかった。「こんなの売れる訳がない」と。
しかし、世の中 何がどうなるか分からない。徐々に勝手にシンドバッドは支持され、何とTBSテレビのベストテンに登場する始末。

サザンオールスターズ/熱い胸さわぎ
サザンオールスターズ/いとしのエリー 1979

3曲目の いとしのエリー が決定打となる。その後、誰しも認める名曲を数多く出している。
その後、ドラマシリーズ化された「ふぞろいの林檎たち」の主題歌となり。サザンの曲が同番組のいたるシーンに効果的に挿入された。完全に不動の地位を確立した。私の大好きだったドラマ「季節はずれの海岸物語」にも多数挿入され、テレビドラマの主題歌も何本か担当する。

真夏の果実(1990)、涙のキッス(1992)、TSUNAMI(2000)など、もはや完全に音楽シーンに歴史を残している。

長く音楽業界で生き残ることはとてつもなく難しい。素直にサザンの功績と偉業を認めたい。
音楽センスやテクニックは負けない、運が良かっただけと強がりを言っていたが、才能がなければ生き残れるはずがない。大学卒業と同時に就職した人間が、偉そうにサザンを語る資格なんかない。

サザンと同じ土俵と思っていた自分が非常に恥ずかしい。素直にサザンの功績と才能を認め、今は素直に称賛する。


尚、我々が学生時代に渋谷のヤマハスタジオで、練習している隣でサザンが練習していた。
当時はその位の距離だったが、我々のように無名のままで消えていったバンドは無数にある。所詮、我々はその程度だったのだ。

生き残れる人物・グループは、やはり実力がある。会社だって仕事だって同じだ。


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