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028 早稲田祭と相馬御風

01:社長ブログ

2015年11月7日 早稲田祭
 
早大卒でもない自分だが、会社を設立した最初の事務所は東西線 早稲田駅近くにあった。数年間 早稲田の街を通った。そこそこ街並みは知っている。

早稲田祭
早大に所要があり、会社スタッフに早大卒がいることもあり、彼に案内役のお願いをした。しかし、人が多すぎて案内どころではなかったけど・・・。

早稲田祭
大学のネームバリューの関係が大きいと思うが、自分の大学はこんなに盛大じゃなかった。ちょっと羨ましい…。

早稲田祭
在校生に「母校の校歌の作詞した人の名前知っている?」と質問すると、大抵の人は知らなかった。まあ、現実はそんなもんだろう。

早稲田祭
早大だけでなく日大の校歌も相馬御風の作詞なんだけど、何故 早大ばかりに目が行くのか? 日大の方が卒業生が多いにも関わらず。

早稲田祭
ともあれ、「相馬御風」と言う名前を後世に残す仕事は、糸魚川人が頑張らないといけないと思った。

その証拠に古いブログに早稲田に関する投稿がある。
OLD-050 早稲田と言えば・・・2007年10月3日
OLD-051 都の西北♪と言えば・・・2007年10月15日

038 根知しろ池・戸倉山

07:東京と新潟

2015年10月18日の根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

根知しろ池・戸倉山

037 蓮華温泉

07:東京と新潟

2015年10月09日 世界ジオパーク糸魚川、蓮華温泉
絶景な紅葉に浸りながら自然とどっぷり浸る…たまらん!
Photos by t-watanabe (OM 専属委託カメラマン)

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

蓮華温泉

036 海谷渓谷の紅葉

07:東京と新潟

2015年10月18日 郷里糸魚川の海谷渓谷の紅葉
たまには、自然の中に身に置くのも悪くないよなあ。

Photos by t-watanabe (OM 専属委託カメラマン)

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

海谷渓谷の紅葉

012 IT団体の交流会

02:ビジネス

2015年10月15日 茅場町界隈 IT企業同士の仲間内交流会。


茅場町は社会人1年生の頃、毎日通った思い出深い懐かしい場所。

茅場町駅は、兜町の最寄り駅であり、証券会社が異様なほどひしめいた時代があった。証券会社が集中した理由は、東京証券取引所が近くにあったからだ。
しかし、インターネットが普及した現在、その証券会社の看板さえあまり気づかない。


その茅場町界隈で、IT団体の定例会と懇親会。
定例会が終了後はお決まりの飲み会となる。これを楽しみで参加される人もいるはず。茅場町界隈で比較的大きな飲み屋さんで飲むのも悪くない。
今回は洋風居酒屋だ。社会人1年生の頃、毎日通った街だが、この手の居酒屋はなかった気がする。


なにせ社会人1~2年生の頃、茅場町界隈の居酒屋で飲んだ記憶が殆どないのだ。
いくら何でも数回は、居酒屋に入った位あるだろうが、当時は退社時間が 21時、22時の日が多く、たまに早く帰れる日は、仲の良い同僚と新宿や渋谷に場所を変えて飲みに行った記憶の方が圧倒的に多いのだ。


時は大きく時は流れた。ともあれ時間を割いてこうした参加は結構大変なもの。しかし、忙しいことは良いことだ。

せいぜい現役で頑張れるのは、あと10年ちょっとなのかな? それなら全力疾走で、もっともっと忙しくても良い気がしてきた。

昨日、営業で都内各所を回った。クタクタになって疲労困憊状態になった。しかし、充実感はたっぷり。
クタクタになるまで全力疾走し、自宅に帰って疲れてそのまま寝てしまう。意外と素敵な生活かも?
但し、開発系はデスクワークが多いので、この疲労感をなかなか味わえないのが辛いところ。頭脳は疲労しても、肉体はまだまだ余力一杯だからなあ~。

027 セッション

01:社長ブログ

大型連休はこれまで溜まりに溜まったやり残した作業の消化対応の日々。

しかし、前から見たかった映画 セッション 、前回に続いて映画感想となるが、私のせめての連休の息抜きだ。(連休にこれじゃあちょっと寂しいけど)

セッション
音楽演奏をやっている人、特に打楽器をやっている人は非常に面白いはずだ。勿論、楽器経験が全くなくても十分楽しめる内容になっている。

セッション

セッション
ストーリーも単純明快。別の人物の余計なストーリーが一切ない。主人公のアンドリュー・ニーマンの気持ちだけ追っていれば良い。
アンドリュー・ニーマンは全米の名門音楽院に通い、偉大なドラム演奏家を目指す。そこに鬼教官のフレッチャーが登場し、狂気的な指導を行うのだ。

セッション

セッション
おお!恐怖の壁ドンだ。

セッション
罵声と執拗な嫌味と暴力で攻め寄ってくる。別の意味でホラー映画のようだ。おお怖い…。

セッション
主人公は、超絶テクニックのジャズドラマー Buddy Rich に憧れている。ラストシーンのドラム演奏はとにかく圧巻だ。細かく刻んだリズム連打を正確に叩き続ける姿に驚嘆する。

セッション
ニーマンも途中からフレッチャーの狂気の指導に反感を感じながらも、一流になるためとスティックを持つ手を血に染めながらも練習に身を投じる。絆創膏が血に染まる痛々しいシーンだ。

セッション
音楽で成功するためには、他の全てを捨てる覚悟が必要だと、このあと付き合いだした彼女に別れ話を持ち出す。

セッション
練習に次ぐ練習、しまいには血に染まった手を氷水で冷す。氷水に手を浸し、真っ赤に広がっていくシーンは不気味だ。ニーマンが狂っていく….。
しかし、一流の音楽家なら多かれ少なかれこの位の努力をしていると思う。才能が全然なかった自分でさえ、若い頃は朝までピアノを弾いていたことがあった。まあ、血染めになるまで弾くことは絶対なかったけどね。(笑)

セッション

セッション
実は、上のシーンはこの映画の中で一番好きな場面だ。あの鬼教官がライブハウスでピアノを弾いている。それも甘美なスロージャズ。このサントラ盤があったら売れるかもしれないな。

セッション
いよいよラストシーンに突入する楽団の様子。

セッション
ドラムの上手い下手は分からない自分だが、この演奏は凄いと思った。まあ、映画で上手くつなぎ合わせたんだろうけどね。実際、これだけ叩けたら一流の演奏家からオファーがかかるはずだ。

セッション
もう何も語れないクライマックスシーン。見事な演出とストーリーだ。

セッション

セッション

セッション
圧巻のシーンで終わる。ドラムを叩けない人でも十分楽しめる内容だ。


音楽の世界で生きていくのは、音楽=音が苦であり、「苦」を通り越して、苦悩の連続のはずだ。
この映画の教官は異常すぎるが、実際の一流の楽団の練習は間違いなくこれと同じ位、張りつめた緊張感があるはずだ。
決して映画の狂気の指導法は肯定出来ないが、その意味では一流になるためには、これに近い練習を覚悟しなければいけないと思う。音楽の世界で生きていくのは超大変だ。


セッション
ちょっとこれまでの映画と印象が大きく異なる映画だったが、お奨めだ。

026 グレース オブ モナコ

01:社長ブログ

大型連休のせめての娯楽にとグレース オブ モナコのDVDを観た。

ハリウッド女優、グレース・ケリーがモナコ公妃となり、6年後の国家存亡の危機を彼女が世紀の大芝居(スピーチ)をして乗り切ると言うストーリー。大芝居と言うからには、そのスピーチは嘘と言うことか?

グレース オブ モナコ
ハリウッド時代の映画撮影シーンからドラマが始まり、スタジオを離れるグレース・ケリーの後姿をそのまま追いかける。そして鏡に映った顔が初めての登場となる。それが上の写真。
グレースの最後のハリウッド映画「上流社会」の撮影なのか?

そのまま、部屋からラジオ放送が流れ、豪華客船に乗ってモナコ大公レーニエへ嫁ぐ白黒映像が流れる。白黒にしたのはリアル感を出すためか? それとも本当の映像か?

グレース オブ モナコ
映画「上流社会」は1956年と言うから、自分が生まれる前になってしまう。

グレース オブ モナコ
一番の話題になるところは、グレース・ケリーとそれを演じたニコール・キッドマンが似ているか否かだろう。映画に登場するニコール・キッドマンは当然ながら美しい。2人をインターネットで検索すると沢山の美しい画像を見ることが出来る。

グレース オブ モナコ
似ていると言えば似ているが、似ていないと言えば似ていない。グレース・ケリーの方が気品があって圧倒的にエレガントに見えるのは私だけか? 残念ながら映画マニアでない自分は、グレースの主演作品は一つも見ていない。

グレース オブ モナコ
しかし、もはやこのレベルになると美貌の差は関係ない。よって、生のグレースを知らない自分にとって、グレース・ケリーとはこのような美人だったと理解しておけば十分だ。

グレース オブ モナコ
このシーンは、フィルムから流れる白黒映像の自分の世紀のウエディングをぼんやりと見ているシーンだ。それを見ている顔は、結婚の喜びでなく、何故 私はモナコにいるの?を自問自答する姿だ。
ちょうどハリウッドの映画出演依頼を受け、女優グレース・ケリーを選ぶか迷っている時だ。勝手な推測だが、実際も出演依頼はあったと思う。

グレース オブ モナコ
映画全体を見て思うことは、金と名誉を手に入れても、人は幸せになるとは限らないことだ。
彼女は、もっとハリウッド映画で多くの作品を残したかっただろう。完全燃焼出来ない彼女の不満が見える。これはニコール・キッドマンの演技が素晴らしいからだ。

グレース オブ モナコ
人生を2つ選べるならどんなに良いことだろう。これは究極の贅沢だ。

グレース オブ モナコ
この映画を十分理解するには、まずグレース・ケリーの過去の経歴を十分知っておくこと。モナコがフランスとの当時の経済情勢を事前に理解しておく必要がある。そうでないとストーリーが楽しめない。

グレース オブ モナコ
自分も1回目は殆ど意味不明だった。その後、インターネットでグレース・ケリーのこと、当時のモナコの情勢を理解して再度観た。すると、面白いほどストーリーが理解できる。

グレース オブ モナコ
旦那であるレーニエ大公が終始さえない演出となっている。主人公のグレースばかりが格好良く演じられている。これではモナコ王室が映画に対して抗議するのは十分理解できる。

グレース オブ モナコ
いよいよこの映画最大の見せ場となる舞踏会場に入る。

グレース オブ モナコ
舞踏会内の様子。ド・ゴール大統領はじめ各国の要人が出席する。

グレース オブ モナコ
最大の見せ場、グレースのスピーチ内容。映画では一世一代の大芝居と称する箇所だ。

グレース オブ モナコ
どんな内容かって? それを書くと、推理ドラマの犯人を書くようなもんだ。

グレース オブ モナコ

グレース オブ モナコ
拍手喝采を受け、このスピーチで国難を乗り切ったとされる。これはフィクションかな?
椅子に座って、旦那レーニエから「アイ・ラブ・ユー」と囁かれる。そのときの彼女の表情が彼女の真意だ。

グレース オブ モナコ
国難を乗りきり離婚の危機も乗りきる。とても哀愁を感じさせるシーンだ。
そして、最後の最後のラストシーンは、冒頭のハリウッドの撮影スタジオで椅子に座るグレースが映し出されるのだ。

グレース オブ モナコ
映像がフェイドアウトした字幕で「1963年5月 フランスは徴税を求める封鎖を解除した」、「グレース・ケリーは生涯 女優復帰しなかった」が映し出されて終わる。


グレース オブ モナコ
映画の宣伝になるが、とても良くできている。

025 人形の街、浅草橋

01:社長ブログ

2015年9月18日(金)お昼休みの浅草橋駅前界隈。

JR浅草橋駅を利用するようになって、7年目に突入している。
通勤で毎日訪れる街ゆえ、人形の専門店が小さな店でもどこにあるかは当然知っている。ザッと数えると夏場は営業していない微妙な店舗もあるが10店舗ちょっとある。10店舗は多いか少ないかと言えば、問屋街と考えれば少ないと思う。私が知っている7年間で、裏通りで閉鎖した小さな店舗もある。

過去に撤退した店舗は多いと推測する。裏通りに明らかに店舗販売をしていたらしき古びた建物が幾つかある。

浅草橋
2015年9月18日(金)お昼休みの浅草橋駅前界隈

浅草橋

浅草橋
訳あり雛人形も売られているが、殆ど新品と見分けがつかない。
奥には、高価なひな壇も安く提供されている。

浅草橋
「この季節って何を売っているの?」と思う人も多いと思うけど、しっかり季節人形を売っている。雛人形に限定しない贈答用もあるからだ。今なら非常にリーズナブルな価格でゲット出来ると思う。

浅草橋
お客様は私がザッと見た限りゼロ・・・この季節そりゃそうだろう。
逆に言えば、今が最安値で購入できるかもしれない。

浅草橋
裏通りでも商魂たくましく雛人形らしき人形を売っている。ずっと頑張って欲しいと思うけど、この時期この手の人形ってどの位売れるんだろう?


大通り(江戸通り)に面する大型店舗、吉徳、原孝州(本館と新館)、久月、秀月 の他に まるぎん、蔵前人形社、裏通りに 昇玉、いち藤、中島 など頑張っている。
その殆どが浅草橋駅徒歩数分の柳橋地区に集中する。ちなみに弊社の事務所も柳橋だ。


過去にも似たような記事をアップして、似たようなことを書いている。
015 人形の街 浅草橋2
014 人形の街 浅草橋


浅草橋
写真は、今年(2015年)1月16日と21日の浅草橋界隈の様子、駅内でも宣伝しているんだな。

浅草橋

浅草橋

浅草橋

浅草橋


浅草橋
事務所移転するまでの7年近く、毎日 人形の中島 の前を通過した。

浅草橋
直前の写真と同じ店が、昨日まで雛人形を売っていたが、3月4日からは端午の節句に商品が変わっている。この商魂が素晴らしい。人形の中島は、シーズンを過ぎると靴を販売したり貸し店舗になってしまう。

隅田川花火
今年の隅田川花火の始まる直前の駅前の様子。
毎年、何故か決まって隅田川花火大会に出勤して雑務を行うんだな。
一区切りついて帰る時間になると、浅草橋駅から人がどんどん降りてくる。

隅田川花火
しかし、私は帰宅する。隅田川花火が目前でやるっていうのにね~。(笑)テレビでも毎年中継している。駅前のダイニングバーが花火をモニター大画面で見ながら食事をしましょう!と呼び込んでいた。これもまた良し。

024 のだめのタンタービレ

01:社長ブログ

2006年10月から12月まで3か月にかけて放送された のだめのタンタービレ のレンタルDVDを2日にかけて一気に見た。リアルで見た人には今更のドラマかもしれないけど…。

これほどクラシック音楽を全面に押し出すドラマも珍しい。もともと漫画のドラマ化のようだが、のだめ=野田 恵 の意味を今更ながら初めて知った。

のだめのタンタービレ
楽曲や演奏シーンは真面目なのだが、殴られるシーンなどギャク漫画そのもの。そこが面白いと言うのかもしれないが、個人的に真面目な演出の方が良かった気がする。せっかくのオーケスラシーンの価値が下がってしまう…と思うのは自分だけか? これは、原作である漫画をそのまま実写化したためのようだ。


のだめのタンタービレ
但し、クラシックの選曲は勿論、音楽的な内容は真面目な内容で、しっかり最後まで見れた。途中のワイワイガヤガヤシーンは不要だったが、ドラマ主題曲はベートーベン交響曲第7番だ。


のだめのタンタービレ
それより、ジョージ・ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルーがエンディングに流れるのは嬉しい。ガーシュウィンの曲はジャズ調なところが好きだ。パリのアメリカ人が有名で、同名映画のDVDを持っている。


のだめのタンタービレ
映画スイングガールズみたいに、オーケストラが演奏時にアクションをするのは正しく評価されるのだろうか? 個人的には大いに結構だが。


のだめのタンタービレ
のだめが着ぐるみをかぶって、ラプソディ・イン・ブルーを演奏するシーンは見ていて楽しい。やはりガーシュウィンは、クラシック音楽と言うよりジャズだ。例えば、ガーシュウィンの作品で 3つの前奏曲(3 Preludes) がある。曲名はクラシック的でも曲はジャズだ。


のだめのタンタービレ
クラシック音楽は皆目分からないが、音楽の最高レベルであることは認める。しかし、個人的にはどうしても楽しめない。譜面を崩して演奏したら怒られるが、ジャズは譜面のまま演奏したら怒られる。


のだめのタンタービレ
自分はジャズファンであり、特にジャズピアノを好む。
よって、ジャズピアニストなら沢山知っている。しかし、そんなジャズピアニストも幼少の頃は、殆ど例外なくクラシックピアノからスタートしていることも事実。やはり音楽の基礎はクラシックだ。


のだめのタンタービレ
音楽大学に行ったことがないので分からないが、殆どの学生がクラシック音楽を学ばされることに自分は理解出来ない。ジャズ専攻とか民族音楽専攻とかあるのかな?
毎年、多くの人が音大を卒業している訳だが、そのまま実社会で音楽だけで収入を得られる人は少ない。


のだめのタンタービレ
私が30歳になるかならないかの頃、両備システムズが東京支社を設立して千代田区三番町に1フロアがかなり広いオフィスを構えた。その東京支社立上げ時のスタッフだった。
お客様先常駐者もいたため、東京支社内は常時社員が10名もいなかった。しかし、そこに音大卒が3名もいた。女性2名、男性1名。


のだめのタンタービレ
「何故、音大卒業者がコンピュータのソフトウェア会社に勤めるの?」
3人のうち、男性1人は制御システム技術者として開発を行っていたが、女性2人は経理事務だった。「何故、経理?」、素朴な疑問だったが、要は音大卒業しただけでは就職先はなかったようだ。


のだめのタンタービレ
何故か音大卒の女性2人とは気が合った。ジャンルは異なっても音楽は一緒だからか?
否、そうじゃない。彼女らは単にクラシックを語れる場がなかっただけだ。当然、彼女らとクラシックの話なんかしたこともなかったし、彼女らもあえて話題にしなかった。仕事に必要ないからだ。


のだめのタンタービレ
せっかくの専門知識を身に付けて、それを生かせないのは本当に気の毒だ。演奏すれば、間違いなく「おおっ、さすが!」と称賛されるだろう。
しかし、ピアノが上手いだけなら世の中、掃いて捨てるほどいる。


のだめのタンタービレ
当時、まだ景気が良い頃、忘年会で会社近くのホテルの大広間を借りたことがある。どこの会社でもあるように若手はアトラクションを行った。

私もまだ30代そこそこ、ちょうどサックスをやっていた若手営業マンと、自分がドラムマシンとシーケンサーとエレピを持ってきて、2人でサックスとピアノによるジャズをやった。
まだ、音楽にはまっていた自分は、割と立派なドラムマシン(RX7)と名機と称されたシーケンサー(QX3)を持っていた。(今でもその機械は、数十年の時を超えて眠っている)


のだめのタンタービレ
彼女らも演奏は出来たのに演奏をしなかった。クラシックピアノを披露しても仕方がないと思ったのかもしれない。一人はアイドル歌手(wink)の振付を加えた踊りをした。勿論、これは受けたが。


のだめのタンタービレ
技術者にも似たようなことが言える。
例えば、自分が希望しない将来性の乏しい職場勤務を命ぜられる場合がある。むしろ、そんな人の方が多いはずだ。
もし、あなたが自分のやりたい仕事をやっているとしたら、非常に恵まれた職場だと会社に感謝するべきだ。

のだめのタンタービレ
私は大学を卒業してからコンピュータのソフトウェアの開発以外の仕事をしたことがない。経験は30年を軽く超えている。
やりたくない仕事は30%はあった。15%は逃げ出したくなるような超過酷な職場環境だった。残り25%は可でも不可でもない職場。残り30%が自分が楽しいと思えた仕事だ。
そうなんだ、30年以上開発の仕事をして、楽しいと思える仕事は30%位しかなかったのだ。

のだめのタンタービレ
全く役に立たない無駄な経験は(数か月間だったが)2つ3つはした。
しかし、今振り返って見れば、それを除くと無駄な経験はなかったと言える。大変つらかった仕事も、今となって良い経験となっているからだ。

まずは、今の仕事を全力でやることだ。
但し、本当に自分が望まない作業が続くなら、そのときは上司に相談すべきだ。

023 事務所移転

01:社長ブログ ピックアップ

2015年8月28日 ちょっと雨の降りそうな曇り空の下、事務所を移転した。
場所は従来の台東区浅草橋3丁目から台東区柳橋2丁目に。徒歩で7分程度の移転だ。

OpenMedia

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移転先の東商センタービルはJR浅草橋駅から6~7分程度、これまでもJR浅草橋駅から7~8分程度だったため殆ど感覚は変わらない。慣れ親しんでいる街だ。

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浅草橋駅前界隈を一望できる。

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墨田川、国技館とスカイツリーも見える。残念ながら弊社の部屋は反対側になるため、通常窓から見えない…。本当に残念。

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朝早くから、大変お世話になっている企業からタイルカーペットの寄贈とその設置までして頂いた。お世話になっている会社からお世話頂くなんて恐縮の極み。大社長に頭があがらない。


そう言えば、こんな話がある。
別の会社の話だが、数年前にお客様がHPを制作会社に依頼したが公開に至らなかった。1社目で駄目で、2社目も公開に至らなかった。3度目の正直で当社を指定して頂き、公開に至った。その社長に感謝され割烹に接待された。言っておくが、お客様に招待されたのだ。
お客様にの上座に座るなんて通常ありえない。まさに逆接待だ。

制作は苦労を極めたが、とことんお付き合いするのが私のモットー。通常のHP制作会社は採算が取れなくなり、「これを追加すると別料金がかかります」と、何度かやり取りがあったのだろう。次第に関係は気まずくなり、いつしか暗礁に乗り上げてしまう。
システム開発経験がない、業界経験が少ない若手の経営者、特にHP制作だけを専門にする会社に多い気がする。

その会社とは、今も良好な関係を継続している。

お客様をのことを考えれば、採算を抜きにしても一緒に辛抱しなければいけないことは多々ある。

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