多頻度小口配送、

052 おみごと!本家を救援 (コンビニ18)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

豊洲1号店が成功して1年ほどして、次々に新しい店がオープンし、日本に新しい流通・物流システムが定着しはじめた。
そして、本家アメリカのマニュアルと異なる日本独自のマニュアルが誕生した。

当シリーズの一番最初に記載したように、セブンイレブンジャパン (設立当初ヨークセブン) は1973年にライセンス契約を行っている。

そのセブンイレブンの本家は、アメリカのサウスランド社であり全盛期の1987年頃は、米国 カナダで8200店舗、1984年ロサンゼルスオリンピックにはスタジアムを寄贈するほどの経営状態だったとのこと。 (何かの書籍を参考にしたのですが、書籍名が分かりません。ご勘弁下さい)

逆転


しかし、『ゼミナール流通入門(日本経済新聞社)』の書籍によれば、90年代前後に相次ぐ石油業界からの参入による競争の激化。
更にスーパーがコンビニの利便性を兼ね備え、競争が激化する。

1987年株価大暴落、敵対的買収に対するジャンク債の発行や不動産投資の失敗、石油事業の失敗などで、1990年1月にセブンイレブン本家に経営危機が襲った。
1991年、ついにサウスランド社は米国破産法の適用を受けてしまう。


このためセブンイレブンジャパンは、当時のプロジェクトメンバーであった鎌田を米国セブンイレブンに送り込み再建に乗り出した。

そして、驚くことにイトーヨーカ堂グループが、サウスランドの70%の株式(当時の日本円にして約580億)を引き受け、何と!サウスランド本社自体をセブンイレブンジャパンの傘下に収めるのだった。
若い人は知らないでしょうが、当時はかなり話題となったのだ。

日本の独自マニュアルを導入して再建に乗り出した3年後に黒字転換を図ったのだ。おお!
『それは全く異なるマニュアルだった。日本のセブンイレブンは、我々以上に成功した』
本家も日本のセブンイレブンを認めた。




これと、似たような話があります。

アメリカのスーパーは必要に迫られてPOSを導入した。
確かにバーコードはアメリカ主導で進められました。

しかし、POSシステムの開発は、一部の通説では日本が最初になっています。(注)
日本がJANコードの採用を決定したのは、年表によれば1978年です。

自分の手元のノートに記載しただけなので、何の書籍だったのか不明ですが、その翌年の1979年に日本マクドナルドが松下通信工業と一緒に開発しています。
日本マクドナルドの構築したPOSシステムは、その素晴らしさが認められ 本家アメリカのマクドナルドに導入されます。


同じようにして、日本のセブンイレブンが構築したPOSシステムは、本家アメリカのセブンイレブンも認め日本式システムを導入しています。

そして、2005年9月1日にセブン&アイ・ホールディングスが設立され、同時に連結子会社であるアメリカの 7-Eleven の完全子会社化を公表し、数ヵ月後にその実現に至っています。

おみごと!拍手!

(注)『POSは日本が世界初』 は、この説が正しいとは限りません。

051 1号店出展ヒストリー (コンビニ17)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

前回の続きですが、いきなり拍子抜けになりますがファミリーマートの実験1号店は今のコンビニと言えないようで、今のコンビニに近いのは実験4号店オープンからのようです。

であれば、大手3社を比較する限り やはりセブンイレブンの歴史が一番古くなります。
実際、ダイエー(ローソン)や西友(ファミリーマート)の経営陣はセブンイレブン1号店(豊洲)をオープン直後に視察に行ってます。
確かな情報でないので企業名を控えますが、この他に著名な企業が視察に行っています。

まず、1号店のオープン年度を記載します。
インターネットの各種サイトから取得した情報です。

各1号店の出店年度
スーパーかコンビニか分からない微妙な店舗を含めると、もっと沢山列挙できます。

年度順に並べると、セブンイレブンは決して元祖とは言えないようです。
上記1969年より古い年度の情報はないか?・・・ありました。
あちこちの資料を無造作に拾い集めれば、1968年 サンマート、1969年 サンフラワーなどの名前が見つかります。
しかし、どうも情報に信憑性がありません。

ネットに存在する複数の情報を総合的に判断すると、日本初のコンビニは、1969年オープンの大阪豊中駅前のマミー(現存せず)に軍配が上がるような気もします。

しかし、ネット百科事典「ウィキペディア」によると面白いことが分かります。
1971年 愛知県春日井市にココストア1号店がオープンしています。
ココストアは 我こそが日本初だとしています。
同年1971年 北海道札幌市北区にセイコーマート1号店がオープンしています。
セイコーマートは 我こそが日本初だとしています。

単にオープンした年代だけを追っても、元祖本家の不毛の論争に近いものがあります。
第一号店は、企業によっては実験店レベルだったりします。
所詮、実験店は実験店でしかありません。日本初と定義するなら 本来のコンビニ機能があるかを考慮すべきです。

そうであれば、現在のコンビニの基礎を創りコンビニのビジネスモデルを形成した江東区豊洲のセブンイレブン1号店を日本のコンビニ1号にすべきだと思います。

当資料を記載するに当たって、「セブンイレブンの最初のプロジェクトメンバーは、15人の超素人集団だった。」と記載しましたが、実は「採用は、あえて量販店経験者を避けた。」結果だったことや、「伊藤忠商事が、本家セブンイレブン(サウスランド社)と提携話を持ち込んだのはダイエーだった」こんな裏話も知りました。

※ 大阪の人はマミー、愛知の人はココストア、北海道の人はセイコーマート・・・とすればいいんじゃないですか?

■■テキスト保存データ■■
まず、1号店のオープン年度を記載します。
1969年 マミー (大阪)
1970年 Kマート (大阪)
1971年 ココストア (愛知)
1971年 セイコーマート(札幌)
1972年 清水フードセンター (新潟)
1973年 ファミリーマート (埼玉)
1974年 セブンイレブン (東京)
1975年 ローソン (大阪)
1976年 サンチェーン(東京)
1980年 サークルK (名古屋)
1980年 ミニストップ (横浜)
1980年 サンクス (仙台)

050 各社の売り上げは? (コンビニ16)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

セブンイレブンの話を通して多頻度小口配送を記載しました。
昨今の時代は、商品一つ一つを正確に管理出来なければいけないことが分かりました。
セブンイレブンばかり取り上げていますが、他社も比較したくなります。ちょっと調べてみます。

少なくとも関東では、東京都江東区豊洲がコンビニ誕生の第1号と言われています。
私も世間一般論で書いてきました。
しかし、調べると意外とそうでもないことが分かります。
これは宣伝効果を狙ったセブンイレブンの戦略なのかもしれません。

色々なコンビニ
上の写真は、私の自宅界隈のコンビニです。最近は生鮮食品を扱うコンビニも見かるようになりました。

ちょっと年間売上ランキングをネットで調べてみました。(掲載したデータは2006年度分)
店舗数100店舗以下、売上高の100億円以下の値を、大胆にも切り捨てています。
よって、かなり大雑把な値ですが何らかの傾向がつかめるでしょう。

下の表の通り売上高から見れば、セブンイレブンがぶっち切りです。


順位
コンビニ名
店舗数
売上高 (円)
1
セブンイレブン・ジャパン
11700店舗
2兆5300億
2
ローソン
8500店舗
1兆3800億
3
ファミリーマート
6500店舗
1兆600億
4
サークルKサンクス
5100店舗
8700億
5
ミニストップ
1600店舗
2600億
6
デイリーヤマザキ
1600店舗
2100億
7
am/pmジャパン
1000店舗
1700億
8
セイコーマート
1000店舗
1500億
9
九九プラス
750店舗
1400億
10
ポプラ
750店舗
1100億
 

どのコンビでも良いなら、自宅からチャリンコで数分のエリアに4~5件のコンビは存在します。
自宅から最寄駅まで出掛けて、あたり一帯くまなく調べれば、確実に30店舗は超えていると思います。
正直、飽和状態です。

色々なコンビニ
まず、一番手っ取り早いコンビニ大手3社の歴史を比較してみます。
大手コンビニの歴史を照らし合わせると全体が見えてきます。




< セブンイレブン > イトーヨーカドー
1973年05月 米国デニーズ社とライセンス契約提携 同年11月デニーズジャパン設立
1973年11月 米国サウスランド社とライセンス契約を締結
1974年05月 第1号店オープン(東京都江東区豊洲)
1975年06月 24時間営業開始(福島県郡山市虎丸店)

< ローソン > ダイエー
1974年12月 ダイエー、米国コンソリデーテッドフーズ社とコンサルティング契約締結
1975年04月 ダイエーローソン設立
1975年06月 ローソン1号店「桜塚店」(大阪府)オープン
1975年09月 フランチャイズ1号店 桃山店オープン
1976年11月 サンチェーン1号店オープン

< ファミリーマート > 西友
1973年09月 実験1号店オープン(埼玉県狭山市)
1975年05月 実験4号店オープン(東京都清瀬市)(今のコンビニエンスストア原点)
1978年03月 西友ストアーファミリーマート事業部発足、店舗数4店舖
1978年08月 フランチャイズ1号店オープン(船橋市24時間営業)




興味深いのは、どこもほぼ同じ年代に1号店をオープンしていることです。
何とファミリーマートは、セブンイレブンより先の1973年9月に実験店として埼玉県に第1号店がオープンしています。

ローソンの1号店オープンは、1975年6月(桜塚店 大阪府豊中市)です。
但し、現在のローソンとは雰囲気の異なる店舗のようですが。

社史を見る限りではセブンイレブンよりファミリーマートが最初に店舗を出しています。
年代だけで考えると、ファミリーマートが日本発なのかもしれません。

049 POSシステムの歴史

06:物流システム ピックアップ

流通システム/物流システム徒然記

話は1960年代のアメリカにさかのぼります。
既にクルマ社会のアメリカはスーパーで買物する場合、カート一杯にして商品を購入します。
1回に購入する量が非常に多いアメリカにとっては、POSシステムの導入は必要に迫られたものだったそうなー。

しかし、当時はバーコードに共通のルールが無く、それ故 肝心のバーコードをいちいち商品に貼る必要があった。これは、とても大変な労力となります。
そんな手間隙がかかるシステムが広く普及するはずはないですよね。

そんな中、1971年アメリカで標準化委員会※が設置され、バーコードは統一への道を歩みます。
そして、POSシステムは1970年代中頃から急速に広がり出します。

日本も1978年にJANコードが規格された頃から、バーコードの存在は急速に認知されます。

若い人ならPOSは生まれたときから目にしているので珍しくも何とも思わないでしょうが、古い世代の人にとって、バーコードによるPOSシステムは夢のような画期的なシステムだったんです。(私しゃ、いつの時代の人間なんだ~)

POSデータと商品の流れ
POSデータと商品の流れ


一般的なPOSシステムを記載しますね。

まずは何は無くともPOSレジスター(通称POSレジ)が必要です。
親分となるコンピュータがストアコンピューターと呼ばれます。

勿論、POSレジは単独でも機能します。情報を蓄積して 後でストアコンピューターにデータを渡せば良いわけです。

昔ならPOSシステムを導入するには ホストコンピュータを設置する必要があり、億単位の導入費用が必要だったんです。
IBMのメインフレーム全盛時代のコンピュータの導入は莫大な費用がかかったものです。

今じゃPOSレジそのものは 数十万円で購入出来ます。
単独(スタンドアロン)なら超お手頃価格で導入できます。

POSレジとコンピュータを連動させた在庫管理/販売管理等のPOSシステムも 当時に比べれば信じられない程の低価格で導入できます。
もっとも、これはWindows搭載のパソコンが広く浸透したお陰とも言えます。

オープンPOSとしてPOS仕様は公開されています。
メーカーやソフト開発会社は、この仕様に合わせて製品を開発すればいい訳です。
プログラミングが出来る人であれば、バーコードを読み取るシステムの開発そのものは、それほど難しいものではありません。
ホント、いい時代になりました。

大手コンビニであれば、ベンダーに委託して大掛かりなサーバーを導入しています。
これは、システム維持費だけでも年間数十~百億近くはいくでしょう。(確かな情報が公開されていないので、あくまで推測ですが)




1971年:シンボル標準化委員会(UPC:Universal Product Code)発足
1973年:IBM社と一緒にUPCコード決定(米国)
1977年:EANコード決定(西欧各国)
1978年:JANコード決定(日本)JANコードはこのあと詳しく触れます

048 ITによる売れ筋商品の徹底分析

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

POS(Point of Sales)とは何ぞや・・・即時販売情報管理の意味を、今さら説明する必要もないだろう。
POSシステムそのものが世の中に登場するのは1970年代になってからだ。
登場した当時は高額システムで、夢の夢のシステムだった。

セブンイレブンのサイトの社史を見る限り、セブンイレブンがPOSシステムを導入したのは1982年となっている。
1号店がオープンしたのが1974年だから、かなりの年月が経過してからPOSシステムは導入されている。

情報戦略を積極的に展開してきたセブンイレブンにしてはPOSの導入は意外と早くない。

勿論、当時から何度も試みはあったと思う。しかし、さまざまな乗り超えるハードルがあったからと推測する。
例えば、システムに必要なバーコード一つ取っても、当時全ての製品にバーコードが付いていたとは考えられない。
製品によっては、スーパーの生鮮食品で見るような、バーコードラベルを印刷して製品に貼り付けていたことだろう。(私の勝手な推測)

そもそも、当時はバーコードの規格が統一されていない時代だった。
JANコードの規格が決定されたのが1978年だから、セブンイレブンは規格統一された僅か数年後にPOSを導入したことになる。
そう言う意味で考えれば、やはり情報戦略を積極的に展開してきた企業だと納得させらる。

POSシステムのイメージ図 POSシステムの全体イメージ図
図はPOSシステムの一般的なイメージ図である。
緑の矢印がデータを指す。茶色の矢印が実際の商品の流れ。

POSは今や誰でも知る存在だが、少し説明を加える。

店舗の奥に置かれているパソコンで商品ごとの売上げ状況をリアルタイムに把握することが可能。
このパソコンは レジ(POS)の売上げデータと連動し、売上げを即座に把握できる。
勿論、この売上げデータは本部に送信される。

ハンディスキャナーを用いて、商品のバーコードを読み取る。
搬入時の入荷シート(伝票)がバーコード化されていれば、即座に入荷チェック、棚置き陳列が行える。その気になれば、陳列した商品位置の確認も把握できる。
人間が考える大抵の商品管理は行えるのだ。

コンビニに行くと、何やら電子端末っぽい機械で売上げチェックをしている店員さんを見かけたことはあると思う。
これは商品の売れ行きを確認し、その場で発注を行う優れもの端末だ。

俗に言うPDA(Personal Digital Assistants)であり、ハンディターミナルと呼ばれる機器だ。
ちなみにこの発注端末は、サイトで調べると会社によって呼び方が異なっている。

セブンイレブン  : GOT = Graphic Order Terminal
ローソン     : DOT = DYNAMIC Order Terminal
サークルKサンクス: HOT = Handy Order Terminal
ファミリー・マート: SAT = Store Activation Terminal

機能的にはどれも同じ。

これらはストアコンピュータを利用して電子データを本部に送信し、本部は全国からデータを集めて管理する。

まさに、生産~物流~販売までの仕組みがIT活用にって、SCMとして完成されている。
ITを活用し売れ筋商品を徹底的に調査・分析した会社の基本姿勢の結果と言える。

上図は全体イメージ図ですが、もう少しIT部分を分かり易く掘り下げてみましょう。

047 共配センターと車両3400台 (コンビニ15)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

共同配送は 異なる取引メーカーの商品を同じトラックに載せて店舗に納品することを意味します。

記述すると話は簡単だが、異なるメーカーの混載配送はそう簡単には実現しない。
今回のストーリーには触れていないが、あれこれ苦労の末に実現されてる。
当然、商品によって温度帯を考慮して配送が行われている。(現在、4種類の温度帯による専用車両が導入されている)

クロネコヤマトのクール宅急便の冷凍車、開発の苦労話を知れば知るほど自動車メーカーの熱意に頭が下がります。

共同配送センターと配送車両
・お弁当や焼パンなど:米飯共同配送 3回/日(保温 20度C)
・アイスクリ-ム、冷凍食品など:フローズン共同配送 3~7回/週(冷凍 -20度C)
・調理パン・サラダ・牛乳・麺など:チルド共同配送 3回/日(冷蔵 5度C)
・ソフトドリンク、インスタントラーメン・菓子、酒類、雑貨など:常温一括共同配送 毎日(常温)

(注)若干古い情報で、今現在は違う可能性があります。

もし、共同配送が実現されていなかったら、メーカーや卸業者別の配送車が店の前に連なることになりだろう。
前回のイラストは色々な商品が一台の配送車に乗っているが、実際はそれぞれ別の共同配送センターから温度帯別に出荷されていたりする。

この配送センターの数は、2005年度の資料では合計190拠点も存在し、常温は59ヶ所、チルド・米飯が84ヶ所、フローズンが47ヶ所とのこと。

温度帯別専用配送車輌の合計は実に3400台以上、まさに圧巻です。
内訳は常温:1400台、チルド(5度C):500台、米飯・パン(20度C):450台、米飯・チルド混載:900台、フローズン(-20度C):200台。(端数を丸めています)

セブンイレブンの一括物流SCMは、成功事例として専門雑誌等にあちこち特集されます。
勿論、一括物流SCMについてはコンビニだけでなく、他の一般企業でも導入されています。

折りを見て一般企業の一括物流SCMについても触れます。
やはり一番我々に馴染みがあって分かり易いコンビニ事例を取り上げている。

配送車両による入荷工程に数量/検品チェックがあります。
この検品作業は、量が多くなると意外と負荷のかかる作業の一つです。

現在、店舗側の受入時の検品チェックは省略され、店舗側が後でチェックを行っています。
これは店舗と配送センターは信頼関係で成立している故です。

046 成功は共同配送センター (コンビニ14)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

共同配送とは、まずメーカーに関係なく商品をいったん共同配送センターに納入させる。
その後、各店舗の注文に応じてさまざまな商品を納品単位で仕分けを行い、配送することである。

セブンイレブン本家サイトの資料(2005年2月末時点)によれば、セブンイレブンは190センターを管理運営している。

ちなみに、共同配送センターは190センターだが、専用配送車:3,458台、商品の開発・製造を行う専用工場:196工場
実際の店舗数が何と10,826店、1日の平均来客数数:986人、1日の平均売上:63.9万円(チェーン全店年間売上:2兆4千4百億円)となっている。
社員数は僅か 4815人 だけ。

1万店舗を超えるに関わらず、全国制覇していない(現在32都道府県)。勿論、いづれ全国制覇をもくろんではいるだろうが。

共同配送センター
話を昔に戻せば、創業直後の1976年には、首都圏に於いて4つの配送センター(生鮮共同配送)をスタートさせている。
共同配送センターがどんなに効率的な仕組みだったのかは、セブンイレブンのその後の発展を見れば明らかである。

前回に掲載したグラフを見ての通り1974年創業当時のトラック配送は、1店舗の1日あたりの配送平均トラック台数は70台だった。
配送が集約化された1976年度は、それが42台に減少する。

その後、
1980年 牛乳共同配送開始 (34台)
1984年 雑貨共同配送   (22台)
1985年 化粧品共同配送  (20台)
1990年 雑貨共同配送強化 (12台)
1991年 雑貨共同配送一元化(11台)へと物流の効率化が進められた。

共同配送センターは首都圏では35KM程度、地方でも60KMの範囲をカバーしている。(セブンイレブンサイトより)
1981年からは、温度帯別物流展開も行っている。




意味は全然異なるが、関連する言葉にジャストインタイム(JIT)がある。

多頻度小口配送は一度の配送量を少くし回数を多くする意味に使われるが、ジャストインタイムは文字通り時間の条件が付く。
勿論、時間まで厳しく指定されているため、納品に遅れたらペナルティが課せられる。

SCMの実現にはジャストインタイムは必要不可欠だが、これがトラックドライバーの悲哀につながっている。

045 在庫が無くなる (コンビニ13)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

プロジェクトメンバーの岩国は問屋を説得するため、前回までの物流戦略を武器に勝負に出た。

「 我々のコンビニは、これからの新しいマーケットとして新しい客を集客します。
コンビニはこれからの日本の新しいビジネスになります 」

・・・と本当に言ったかどうかは知りませんが、問屋もその何度もお願いにあがる熱意に押されて条件を呑みます。

1店舗1日あたりの配送台数
このような経緯で、1974年コンビニがオープンして約1年の模索期間を経た1976年から小口配送(共同配送)がスタートします。

1ダースでなければ仕入れが出来なかった製品が3個で1組、ヨーグルトなど痛み易いものは、な何と1個単位で配送されたのです!※

セブンイレブンのサイトを検索すれば分かることですが、1店舗1日あたりのトラック配送台数がいきなり70台から42台に激減します。
2000年頃から配送台数の限界に近づいている感もありますが、それにしてもお見事です。
従来の業界の常識を完全に打ち破ってシステム化に挑んだ結果です。

成功の秘訣は、まず業界の常識を疑ってみることから始まります。

エイベックスの依田巽(Tasumi Yoda)元社長のコメントに、私の好きな言葉があります。
「 業界の常識はエイベックスの非常識 」
これに良く似たようなセリフは聞きますが、まさに常識にとらわれず現状打破をすることが重要だと唱えています。

依田さんがエイベックスの社長時代のホームページには、「 特異性ある創造と貢献 」を経営理念に掲げていました。これも合い通じる言葉です。
数年前に経営方針の問題で、マスコミに騒がれたことを記憶している方も少なくないと思います。

その依田さんは、六本木の巨大ディスコ ベルファーレにも関与していた方でもあり、そのベルファーレと言えば、かの有名な経営者を連想することになります・・・。(私もベルファーレは数回、ジュリアナは何度も出掛けています)

さて、話は戻ります。
当然のことながら在庫はみるみる減り、商品回転率が上がり利益はみるみる上昇した。

この小口配送の導入により “コンビニは儲かる” ことを知り、参加を約束していた店舗が次々にオープンすることとなる。
こうして、東京都江東区はコンビニ元祖の街となるのだった。




※印:実は最小発注数が定められていて、更にその倍数も定められている模様。
実際1個単位で発注出来る意味ではありません。

044 コンビニ物流戦略 (コンビニ12)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

さて、この小口配送システムを どのようにして実現させたのだろうか?

「 複数のコンビニの店舗が近い距離に存在すれば、少量づつでも配送は可能じゃないのか?」
発想そのものは非常にシンプルだった。
これが、今でこそ誰でも知っている、ドミナント商法(高密度多店舗出店)である。

ドミナント戦略
店舗を一定地域に集中することで効率の良い配送を可能とする。
当初、問屋と小口配送を認めさせるための戦略でもある。
店舗側にとっては、欠品を起こさず鮮度の高い商品を届けるための物流戦略でもある。

物流戦略の陰に隠れてしまいがちだが、これによりその地域に合わせたマーケティング展開も可能となる。これは結構重要なポイントでもなる。

プロジェクトメンバーは、セブンイレブン1号店の配送効率化のため周辺の江東地区の商店に片っ端から朝から夜遅くまで走り回った。
新しい店舗を新規獲得するため口説き回るためだ。

まだ、コンビニが世間で認められていない時期だったため、容易な作業ではなかった。
しかし、努力の甲斐もあって豊洲1号店周辺の11店舗が参加を約束してくれた。

1974年の豊洲1号店オープン以降の東京、神奈川、福島、埼玉の15店も同様な戦略で展開していくこととなる。

043 多頻度小口配送への道 (コンビニ11)

06:物流システム

流通システム/物流システム徒然記

その一定の法則とは何だったのか?

例えば・・・
・大きなサイズの洗剤は全く売れないが、小さなサイズなら売れる。
・売れ筋商品のお菓子は決まっている。売れないお菓子はいつまでたっても売れない。
・特定曜日や特定時間だけに、決まって売れる商品がある。

・・・など、日々一つ一つの商品の販売状況を調べ、売れ筋商品の傾向と死に筋商の傾向を徹底的に把握したのだった。
POSシステムが一般化した今でこそ、何がいつ売れたかは瞬時に把握出来る。
しかし、当時は途方も無いほどの手間隙だったであろうことは容易に想像できる。

多頻度小口配送の道
単品管理を徹底すれば、必要なモノを必要な量だけ仕入れることが実現可能となる。
これこそが今でこそ業界に定着した多頻度小口配送の始まりである。

コンビニの取り扱う商品は2500種にのぼる。
狭い店舗に多くの商品を置くため、必然的に少しずつ商品を取り扱う必要がある。
(※ 現在は本部が4000種の商品を提示し、店舗側が2500種の商品を選ぶスタイルらしい)

もともと倉庫用スペースを確保する余裕はなく、基本的に在庫は置けない。

これを打開するには、売れるたびに商品を注文する方法、即ち多頻度小口配送の実現しかない。

コンビニを成功させるには、牛乳やヨーグルトなど2~3パック単位で注文を可能とする小口配送を実現しなければいけなかったのだ。

しかし、実現には大きな問題が待ちかまえている。
「 どうすれば小口配送をメーカーや問屋は承認してくれるか・・・?」だ。

僅かな仕入れによる頻繁の配送・・・これでは、あまりにも効率が悪すぎる。
とても、従来の常識では解決出来ない。

プロジェクトメンバーは、現状打破に向けてあれこれ試行錯誤を繰り返す。

さて、この小口配送システムを どのようにして実現させたのでしょう?
今となっては誰でも知っている有名な戦略ですが・・・。

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