ここに掲載している写真は、大相撲5月場所の両国国技館界隈の様子。ちょっと5月19日(土)にイベント取材に出かけて自宅に帰る途中に両国駅に途中下車したもの。
愛情の反対は憎しみだ。好きの反対は嫌いだ。成功の反対は失敗だ。世間一般に考えればそうだ。マザー・テレサの有名な言葉に「愛情の反対は無関心」なる有名な言葉がある。多くの人は知っていると思う。
しかし、普通に考えれば、愛情の反対は憎しみだ。何故 マザー・テレサは「愛情の反対は無関心」と言ったのか。
小山昇(株式会社武蔵野)社長のビジネス本を過去に幾つも買って読んだが、「愛とは感心を持つこと」だと書いておられる。小山社長は、だから私は社員に関心を持った。社員教育とは、「わからない」という社員に対し、社長が時間とお金と手間をかけて、「わからせる」ことにほかならない。と言っている。
小山社長の「愛とは感心を持つこと」、これは、マザー・テレサの「愛情の反対は無関心」の言葉と延長線上の考えだ。もっと広く考えれば、好きの反対は嫌いでなく無関心。成功の反対は失敗でなく無関心(=何もしないこと)なのかもしれない。
成功する秘訣は、成功するまで続けることだと良く言われる。失敗こそが成功の第一歩。無関心であれば成功は絶対にあり得ない。関心がなくなる段階で失敗と言える。関心のない人間に何を言っても駄目だ。好きだと思う感情は、無関心であれば絶対に発生しない感情だ。
であれば、全ての起因は関心をもつことから始まるのではないだろうか。
営業の神様のジョー・ジラードは、「全てのチャンスをものにする。ものにしたかったら本気でそれを欲しなければいけない」と語った。
経営の神様の松下幸之助さんの「なんとしても二階へ上がりたい。どうしても二階へ上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段をつくり上げる」のだ。
誰だって関心を持って真剣に物事に取り組めば、必ずものになる。勿論、スポーツ選手や芸術家のように才能ある人が、それだけに人生を掛けられたら一般人が勝てるはずがない。
ここで言っているのはそんなことじゃない。そこまで行かなくても人並み以上になれる、後悔なき良い人生が送れるってことだ。
好きな仕事を見つけ、なりたい自分になれるはずだ。
金持ちになりたいとか、女の子にもてたいとか、美人と結婚したいとか、最初の動機なんか不純でいいのかもしれない。年齢を重ねれば、それは最優先項目でなくなる。私の今は、社会で十分通用する後輩を何名も育てたい…そんな気持ちになっている。
歳を重ねると結構まともになってくるもんだ。