前回の続き

宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」(1972年)
私がささげた その人に
あなただけよと すがって泣いた・・・
男に尽くし、捨てられ、泣き崩れる、それでも幸せをつかもうと進む。
この生き方が「女のみち」なんだと歌われた。
当時は大ヒットしたんだよ。今なら時代錯誤もはなはだしい。ビジュアル的にも今じゃ受け入れられないだろう。
女は耐えることが美徳だったと思われた時代。
子供ながら、私の親の世代はみんなそうだった気がする。

ヒロシ&キーボー「3年目の浮気」(1982年)
浮気がばれて、それをコミカルに男女の掛け合いにした歌謡曲。これも大ヒットした。
浮気をした男は反省のない態度をとる。
「まあまあ、そんなに怒るなよ。男ならそういうこともあるんだよ。本命はお前なんだから」って感じだ 😆
まさに昭和世代の歌詞だね。
今なら、家庭内会議、場合には離婚、はたまた弁護士案件かな。

山口百恵「ひと夏の経験」(1974年)
あなたに女の子のいちばん
大切なものをあげるわ・・・
山口百恵と私はまさに同世代だが、当時の10代の少女にこんな歌詞を歌わせることに驚いた。性的な歌詞に、婦人団体から女性蔑視との主張も出たが、大きく発展することはなかった。
百恵ちゃん本人もこんな歌詞を歌うのは嫌だったと思う。ヒットさせるための大人の事情ってやつだな。でも見事大ヒットしたんだ。

「青い果実」(1973年)
あなたが望むなら
私何をされてもいいわ・・・
1973年のデビュー曲「としごろ」に続く曲として同年にリリース。
デビュー曲「としごろ」は恋する少女の歌詞、あどけない印象から2曲目はいきなり意味深な歌詞に激変。
あどけない少女が歌うにしては、とても違和感があった。歌詞は問題視されたけどそれだけだ。

CUTIE STREET「かわいいだけじゃだめですか?」(2024年)
昭和の女性蔑視を逆手に取ったような印象が面白い。
昭和歌謡は、どちらかと言えば男にとって都合のいい女性像として描かれた。男が外で働いて稼ぎ、女は家を守る認識が強かったからなんだろう。
しかし、今や共稼ぎが当たり前となり、男女の意識は大きく変わった。
自分を「かわいい」と堂々と打ち出してきている。それが全然嫌味じゃなくなった時代だ。これはもう「自己プロデュース」だね。

畑中葉子「後から前から」(1980年)
ど直球のアダルト歌謡。ここに歌詞を掲載することも抵抗がある。
子供も見るテレビにこれ流してもいいの?
さすがに放送時間帯が深夜に制限されたらしいけど、私はしっかりテレビで何度も見ている。
「耐える女」だけでなく、こうした過激な歌詞が堂々と放送されたんだ。それがお茶の間の記憶として残っているのだから、今考えるとあり得ないよね。

畑中葉子 もっと動いて(1981年)
次作も ど直球のアダルト歌謡。歌詞は性的そのもの。さすがにこの曲を私はテレビで見た記憶がない。
もはや女性蔑視を越えて、これを推し進めることに疑問視してしまう。
これこそ芸能界・歌謡界の抱える問題だったような気がする。

畑中葉子は1978年に平尾昌晃とこの「カナダからの手紙」なるデュエット曲でデビューし、同年の紅白にも出場している。清純派歌手の位置から出発しているんだ。
その後、ソロ歌手では人気が低迷し、この真逆とも思える路線になったと思う。女性本人の人生や意思よりも、これで売り出す商魂こそが昭和だったんだろうな。芸能界の怖いところだ。

おニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」(1985年)
おニャン子クラブの最初の曲。
「女性蔑視」の感覚が徐々に変化していく。
歌詞はかなり意味深だ。
しかし、妙に明るく愛らしく歌っているためイヤらしさを感じられない。一人で歌うアイドル路線からグループで歌うアイドル路線に変化していく時代でもある。

おニャン子クラブ「およしになってねteacher」(1986年)
おニャン子クラブの2作目。少女を使ったアイドル商品化と言えばそれまでだけど、セールス方法は実にうまいよね。
IT業界の劇的な変化ほどは無いにせよ、こうしてみると歌謡曲もはっきり変わっていることが分かる。

















































