6月23日にこんな記事が目に入った。
・ITmedia:エンタープライズ「日立、メインフレーム事業から撤退へ」

日立 HITAC M-680H
記事には「VOS3」終了と書いてあるが、VOS3は私が20代前半に慣れ親しんだOSだ。
なんと40年以上も日立のメインフレームの独自OSとして生き残ってきた訳だ。新陳代謝の凄まじい業界において、これは凄いことだ。
私が社会人になって初めて経験したプログラミング言語は、社内研修のCOBOL。
当時の定番言語と言えば、COBOLとFortranだった。
東京、大阪、確か福岡から集まった70名程度の新人研修の場で、講師はこう熱く語った。
「COBOLを覚えれば、一生食うに困らないですよ」と。
当時は本当にそう思った。
メインフレームは不滅にみえたし、市場に登場しているPCは「まるで役に立たないおもちゃ」にしか見えなかったからだ。
しかし、その言葉は、10年も経たず怪しくなっていく。
企業システムの王者だったメインフレーム

System/360 Model 30 1964:当時最下位機種 (※01)
メインフレームは、銀行証券、クレジット、公共機関など、止まってはいけない業務を支えてきた。
IBMを筆頭に、日立、富士通、NEC、東芝など、日本の社会インフラや大企業の基幹業務は、この大型コンピューターによって支えられた。
そんな当時は、メーカー主導の専用機、専用OS、専用ソフトでシステムを作ることに大きな意味があった。
すべてを一社の思想で統一できる。責任範囲も明確になる。
大規模な業務を安定して動かすには、とても合理的だった。
メインフレームによるシステムは非常に金食い虫だが、信頼性が高く、止まりにくく、大量処理に強かった。
まさに企業システムの王者だったのだ。
PCの進化が流れを変えた
出典:総務省 メインフレーム及びサーバーの国内出荷台数
しかし、PCは急速に進化した。
当初、おもちゃに思えたPCが劇的に性能を向上させ、サーバー・ネットワーク・データベース・インターネットと結びつき、企業システムはオープン化へ進んでいった。まさに現在の生成AIが劇的に進化していくのと同じように。
一社の専用環境に閉じるより、各社が得意とする機器とOSやソフトを選び、つなぎ合わせシステムを構築する。
徐々にこちらが主流になっていった。
その関係もあって、当時のシステム開発は、汎用機系とオープン系と区別されだした。
もちろん、オープン化には大きな弱点があった。
複数の製品やサービスを組み合わせるため、システムは複雑になる。不具合が発生した場合、原因の特定が難しくなることことだ。
それでも、メインフレームからオープンシステムの流れは止まらなかった。デメリットより、コスト面とシステムの柔軟性が優先されたからだ。
汎用機系システムは徐々に時代遅れの印象となっていく。
それでもメインフレームは残った
メインフレームは今現在も稼働数は激減したものの残っている。COBOL案件はいまも存在する。

画像:日経XTECHより
特にメガバンクや大企業の基幹システムでは、長年蓄積されたシステム資産が膨大で、簡単に新しいシステムへ移行できなかったことも大きな理由にある。
「システムが古いから新しくしましょう」、言うは簡単だ。
しかし、業務、データ、運用、周辺システム、すべてが深く深く絡み合っている。システム障害を考えると、おいそれと資産を置き換えられないのだ。
2021年に何度も発生したみずほ銀行のシステム障害を思い出して欲しい。
メインフレームの終焉は終わりではない
いづれ、メインフレームは消えるだろう。多くのエンジニアや関係者はそう思い続けてきた。

AI時代の新メインフレーム IBM z17
独自環境のメインフレームは、今後さらに縮小していくのは間違いない。一方で、IBMのメインフレームだけは、金融や大規模基幹業務の世界で残ると思う。
ただし、昔ながらの閉じたメインフレームとしてじゃない。
AI、クラウド、セキュリティ、データ活用とつながる形で進化していくはずだ。
大量処理、信頼性、可用性、セキュリティ。それを実現する方法が変わったということだ。
つまり、昔ながらのメインフレームは消え、形を変えるってことだ。
だからメインフレームの終焉は、かって栄えた技術の終わりじゃない。
次の時代へ移り変わっていく新しい始まりだと思う。
【関連情報】
・OM IT_blog:大型汎用機は今も活躍しているの?
・JBCC:一つの時代の終焉を象徴する富士通メインフレーム撤退
【画像引用】
※01:汎用コンピュータ(メインフレーム)の歴史













































