1994年~2003年
デルコンピュータ(#5/7)
ウェブの時代へ
ちょっとだけ時間を戻す。
インターネットが登場し、ネットスケープが大流行し、世界はウェブサイトは未知の可能性を秘めたものと理解する。
デルコンピュータも1994年6月 del.comを立ちあげる。まだECサイトは市場に浸透していない頃だ。
最初はデルの技術サポート情報を知らせるレベルだったが、そこにオンラインで見積が出来る仕組みを加えた。但し、見積もりが出来た後に電話で店員と注文確認し、そこで初めて売買が成立するレベルだった。
しかし、このサイトこそ現在の原型となるダイレクト販売システムに大きく成長する。

世界パソコン市場シェア/画像:小暮 仁 教授
このダイレクト販売システムは、情報獲得、見積り、売買成立だけでなく、注文した製品の製造ラインの状況も確認が可能となり、更に出荷情報にまで機能は充実していった。そして、1996年6月にディスクトップPCとノートPC、更に半年後にサーバーの販売を行った。いつぞやデルはダイレクト販売の代名詞になる。
1990年前後のPC市場は、IBM、Compaq、HP(Hewlett-Packard)が順位を入れ替わりながら市場を制覇していたが、そこにDELLが食い込んでいくことになる。

1996年のDellサイト/出典:Web Design Museum
マイケル・デルの自伝には1万台のPCを作るから、サプライヤーに「1万個のパーツを倉庫に納入してくれ」と、言わない。
「明日の朝、9,876台のPCを作るから9,876個のパーツを12番ゲートに搬入してくれ」としている。
更にこんな記載もある。
100万台あたり1,000台未満の故障率を目指す。
10のプロセスがあって、それぞれの不良品率99.5%を達成したとしても、これらを掛け合わせると、89%程度にしかならない。これじゃあ完璧とは言えない。

デルは各部品について「100万分の1単位の不良品率」と厳しい目標を掲げている。
完成品PC100万台で1,000台未満を達成するには。個々のサプライヤーの部品に0.00001%単位の不良品率しか許容できないとか・・・これ凄くない?
ロジスティックの会社へ
更に更にこんな記載もみかける。
デルのサプライヤーで信頼性の高いモニターメーカーA社はデルブランドで製造している。OEMの仕組みはどこのメーカーでも見かけるが、デルはちょっと違ったんだ。
モニター100万台、故障が1,000台以下に抑えられた時点で、A社のモニターを自社の倉庫に移し、PCと一緒に顧客に発送することをやめた。

1999年(左)と2014年(右)のDellサイト
出典:Web Design Museum
物流会社と手を組むのだ。
1万台の注文があれば1万台のPCは自社の倉庫から、1万台のモニターはA社の倉庫から物流会社が顧客の注文に合わて届けるシステムを導入する。顧客は1台2台の個人相手じゃないよ。顧客は法人顧客だからね。
デルはこの時点でモニターは自社の倉庫で管理する必要がなくなるわけだ。

物流システムもどんどん発達していく。海外で製造された1万台のPCと1万台のモニター、および1万の周辺機器とパーツを日本国内に運び込む。通関を通った製品は国内の大規模倉庫に運びこまれる。
最終的にユーザーの希望に添って製品を組み合わせるって訳だ。
改めて思う「デルって表面はPCの会社を装っているが、実際はロジスティックな会社だ」とね。
まさにデルは私が40歳代に学んだ国際物流システムのSCM(サプライチェーンマネジメント)だったんだ。
やっぱり生き残って成長する企業は凄いよね。




















































