デルコンピュータ 番外編(その2)
デルコンピュータの創業者であるCEOであるマイケル・デル自著「デルの革命」にこんな愉快な実話が描かれている。
デルは小さい頃からPCに興味があった。当時の一番の人気は アップルⅡ。当時のアップルⅡは約1,300ドル。日本円にすると現在の感覚では70万円近くに相当するのかな? そうなんだ!初期の頃のPCは本当に高価だったんだ。

AppleⅡ(1977)
両親に何度も せがんで、念願が叶って15歳の誕生日にアップルⅡを買ってもらうことになった。
アップルⅡは、UPSの荷物集配所に届いたことが分かった。自宅の到着が待ちきれず父親に頼んで一緒にクルマで取りに行った。

家に着くと、箱を抱えて部屋へ駆け込み梱包を解くと、買ったばかりのコンピュータをためらうことなく分解した。
父親はそれを見て、カンカンに怒った。壊したと思ったからだ。そりゃそうだろう。
彼は壊したわけでなく、中がどうなっているのか知りたい純粋な探究心だったのだ。

この経験は単なる好奇心では終わらなかった。
デル、PCに興味がさらに加速
近所では「コンピュータに詳しい少年」として知られるようになり、アップルⅡの使い方を教えたり、改造方法を研究したりして、小遣い以上の収入を得るようになる。
地元のAppleユーザーグループにも参加し、年上のエンジニアたちと交流を重ね知識を吸収していった。そして15歳頃には、Apple II用ソフトウェアのコピー防止技術まで考案し、教育ソフト会社へ販売する小さなビジネスまで始めた。

マイケル・デルは、アップルⅡの購入からIBM PC系にシフトしていった。ビジネスでは圧倒的にIBM系PCのシェアが高く、高性能PCを作れば売れることを理解したからだ。IBMはメインフレーム・ユーザーの関係で、いつまでたっても高性能PCを提供しなかったこともある。
それなら自分が組み立てて販売すれば、ビジネスになると判断した。
両親は医学部への進学を強く望み、親孝行な彼は医学部に入った。大学を通いながらビジネスを行い、キャンパス内を大量の部品を小脇に抱えて授業を受けていた。事業はどんどん拡大し、両親の強い反対はあったが、両親を説得し、最終的に中退し、事業に専念するんだ。

そう言えば、スティーブ・ジョブズも日本に来た時、盛田さんからCD WalkManをプレゼント貰って、アメリカに戻ると分解している。
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マイケル・デルに遠く遠く及ばないけど、私もPCを分解した。PCの構造を知ることが楽しかったからだ。
決して自慢なんかじゃなく、当ブログを読む人なら似たり寄ったりの行動をした人が多いはずだ。
但し、当時と今とでは大きく異なることがある。
昔のPCのOSはシンプルだったが、今や複雑怪奇なブラックボックスになったことだ。

















































