自分とコンピュータ史

013 提案書・各種設計書の作成


社会人となってパソコンが広く普及するまでの期間(7~8年くらい)は、手書きで設計書を起こしていた。当時を思い出せば、実に素朴な時代だったと思う。

パソコンが普及し始めると、手書きで仕様書を起こすことはなくなった。仕事的に富士通開発が多かったため、富士通FMRと称する独自OSパソコンで仕様書を作成することもあった。
しかし、富士通FMRは個人的に使い勝手が悪く、イライラの元凶だった。結局、下手な字であっても手書きを選んだほどだ。

しかし、パソコンが広く普及しだすと次第にDOS上で動作するソフトで作成するようになった。


マイクロソフトVISIO(画像はVISIO 2013の初画面)

Windows3.1が登場してから本格的にビジネスでもWindowsが使われるようになった。直ぐにワード・エクセルが登場し、徐々にワード・エクセルが仕様書作成ツールとして使われるようになる。

そして、いつの頃かVISIOなるソフトを使うようになった。VISIOを使用するようになってから仕様書の見栄えが格段に良くなった。

システムの図は勿論、表さえもVISIOで表組みした。文字入力以外は殆どVISIOで作成し、それをワードに貼り付ける手法に変わっていった。自由にデザイン出来るようになると もはや手書きに戻ることは無かった。

勿論、ワードやエクセルで図やグラフを作成することは出来るが、VISIOで作成した緻密さには遠く及ばない。一度作成した図や機器構成等は使い回しが出来るため、どんどん複雑な設計書になったのだ。

設計書は大規模システムになるとバインダー数冊に及ぶ。私が40歳になった頃は、仕様書や設計書作成がメイン作業となり、プログラミングをすることが殆どなくなった。仕様書を書くスキルなんて、それまでのシステム開発経験があれば大抵やっていける。

さほど設計書の中身は変わらなくても見栄えの良い設計書だと、何となく中身まで知的に見え、自分が賢くなった錯覚をおこしたもんだ(笑)。

【注意】自分の設計資料を載せたいところだが、もはや当時の私が設計したデータファイルなんか一つも残っていない。何とかイメージを伝えることは出来ないか? やむなく自分の設計書以外も含まれるが、当時のプロジェクト(1999年)のメンバーらの残骸が奇跡的に残っていた。これでもかなり雰囲気は感じ取れる。

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