今回の全写真は続く道の素材集から。
仕事柄沢山の素材集を所持しているが、全く使わなくなった。せっかく購入したのに眠らすのは勿体ないからね!

もう40数年も前の話、当然ながら私にも新人時代はあった。
「この仕事、自分には無理かもしれない」
そう思ったことは一度や二度ではない。
いや何度もあった。
今でこそ偉そうなこと言っているが、自分の新人時代は仕事についてくだけで精一杯だった。

私が新卒で入社した会社は、システム開発会社だ。当時としては時代の先端の業種だった。
新卒同期は男女合わせて70名ほど、なかなかなかなかの大所帯だった。
その頃の同期数人とは今でも交流がある。
会社は数社変わってはいるが、仕事だけは一貫してコンピュータ系。
つまり私は ほぼこの業界だけで生きてきた。
しかし、不思議なことにまるで複数の業界を経験した感覚でいる。

理由は簡単。
お客様先の現場に常駐し、システム開発をする仕事が多かったからだ。
メガバンクのシステム開発
証券会社のシステム開発
国内最大手のクレジット系システム開発&運用
大手物流会社の国際物流
言われたことだけを行えば良い作業は殆どない。
新人時代の作業、そしてプログラミング開発、徐々に設計に移行し、その現場の空気を吸いながら責任ある仕事に関わっていった。
システム設計を行う頃になると、その業界の仕組みが深く理解できるようになっていった。
業界が変われば仕組みは大きく変わる。転職しなくても、毎回違う職種を経験してきた錯覚とはこのことだ。
これは、常駐型システム開発を経験した人なら分かると思う。

新人で右も左も分からない社会人1年生、いきなり大企業の基金システム障害に巻き込まれた。
いきなり徹夜
そしてまた徹夜
さらに徹夜
一週間くらい続いただろうか?
今なら完全にアウトだ。
もうお金なんか要らないから自宅に帰りたかった。
風呂に入りたかった。布団で眠りたかった。
「社会人になるってこういうものなの~」
「この会社は体育会系の会社だったの?」
「これは嘘だと言ってくれ~」
そんなことを考えながら現場にいた。
障害が沈静化すると、22時頃に帰宅出来るようになった。
早く帰れることが嬉しかった。これ完全に麻痺しているよね。

当然、「やってられない!」と思った。
ただ目の前の仕事が終わらない。帰れない逃げられないのだ。
新人にとって、障害対応ほど恐ろしいものはない。
何が起きているのか全然分からない。
専門用語が飛び交う。
張り詰めた緊張の現場、先輩たちの疲れた顔が自分の未来だと思った。
他部署の人たちは、まるで腫物を触るように近づいてこなかった。
生産性なんか皆無だ。
その中で、新人の自分は際立って役に立っていないと思った。
確かに役になんか立っていなかった。
ただ疲れ果てたみんなと一緒にその場にいることに意味があったと思う。
先輩と後輩の関係を超えた関係だった気がする。

それでも、経験を重ねると少しずつ任される仕事が増えていった。
最初は言われたことをやるだけ。
次に小さな判断を任される。プログラミングから やがて設計に関わった。
30歳代になり、その責任はさらに重くなった。
気がづけば、PRJで20名以上を率いる責任ある現場を任された。
ただし、これだけは誤解して欲しくない。
自分一人で成し遂げた仕事なんか一つもない。
大きな仕事ほど、一人では何もできない。
同僚、部下、上司、協力会社、お客様担当者。
多くの人の力があって、ようやく成立できた。

能力を高く買われるのは嬉しい。悪い気はしない。
しかし、評価されるということは、次の仕事は更に負担が大きくなるということだ。
「期待しているよ!」
上司の言葉は、励ましと言うより重圧に感じた。
自分の能力を超えた仕事もあった。想定外の異常事態に押し潰されそうになったこともあった。
それでも、何とか現場に立ち続けられた。
全然格好いい話なんかじゃない。
単に目の前の仕事から逃げられなかっただけなんだ。(つづく)
【注意】これは自分の若き頃の回想です
















































