流通システム/物流システム徒然記
鈴木が日本に戻ったものの「 日本には160万件の小売店がある。成功するはずがない 」
「 長時間営業して経費ばかり掛かるコンビニなんて利益が出るはずがない 」
そんな冷ややかな反応ばかりだった。(プロジェクトXより)
今だからこそコンビニは世間一般に認知されているが、1970年代の初頭であれば常識的に考えれば誰でも思うことだった。
鈴木はそんな否定意見の多い中 信念を貫き通し、1973年11月 米国サウスランド社とライセンス契約を締結し同月20日にヨークセブンを設立する(その後、1978年にセブンイレブン・ジャパンに社名変更)。
しかし、「 言い出した君達が責任をとれ 」的な雰囲気で鈴木と清水はイトーヨーカドーを退社しヨークセブンに移る。
資本金はイトーヨカードが半分を出資し、残りの資金をほぼ自分達2人で出すことになる。
イトーヨーカドーの社長である伊藤雅俊がヨークセブンの社長になってはいるものの、鈴木が専務、清水が取締りとなり 実質経営責任はこの2人にのしかかった。
自己資金まで捻出した2人は、もはや後戻り出来ない 逃げ場のない状況に追い込まれてしまう。
今でこそ便利な代名詞のコンビではあるが、当事者の清水も「 スーパーは店舗も大きく価格も安い、我々がやろうとしているのは 狭い店舗で値引きをしない。スーパーの逆を行く販売方法に本当に勝算はあるのか? もし失敗したら・・・ 」と、不安が募るばかりだった。
まもなく、鈴木と清水を筆頭にイトーヨーカドーから6名、新聞による一般公募7名の総勢15名からなる素人が集合する。
当時、流通業界もこの素人集団の発表にかなり驚いている。
場所は東京千代田区三番町のイトーヨーカドー本社7階の隅を間借りしてスタートする。