ビル・ゲイツは大学在学中にポール・アレンとBASICインタプリタを作って売り込み、それがビジネスとなり大学を休学し、マイクロソフトを立ち上げ、そのまま中退している。会社成長期は忙しすぎて女性とデートしたことがなかった。
但し、ゲイツはストリップ劇場や娼婦が出入りする場所にも出入りし、女性に興味がない訳ではなかった。普通の健康な男性だ 😁
1994年1月、38歳のゲイツが結婚することを知って、ライバル企業は大喜びする。「結婚であいつも少しは丸くなるだろう」と思ったからだ。

女性は左からジル、アン、結婚式でのメリンダ
公式で知られている最初の彼女はジル・ベネット。2人の時間を殆ど持てず、ジルは不満を漏らしたまま1980年代の半ばに別れている。その後に10歳近い歳上のアン・ウィンブラッドと付き合うが、歳の差もあり結婚にまで至らなかった。彼女らの画像は検索すれば見つけられる。
アンとは別れた後も親交はあった。
その後にマイクロソフトに入社したメリンダ・フレンチと知り合う。メリンダと結婚する際もアンに電話をして「メリンダと結婚してもいいか?」と承認を得る程だったんだ。
オラクルの創業者ラリーエリソンも1回目の結婚相手のアダ・クインと離婚してからも親交は続くから女性も簡単に超金持ちと縁を切らないのかな?まあ女性に関する話題はラリーエリソンのほうが横綱級だけどね。
アンは「年1回、私と一緒に旅行をすること」を条件に了承し、ゲイツはアンと年1回ノースカロライナのビーチで過ごしている。恋人同士でなく、あくまでも友人としての関係だったようだ。

Microsoft Publisher
メリンダのことをちょっと深く記すね。
メリンダはゲイツより9歳年下で、1987年にマイクロソフトに入社し、ゲイツと知り合い1994年に結婚に至る。
1988年あたりゲイツは付き合いながらも他の女性と付き合っていた。だから二人はふっついたり離れたりの繰り返しだった。ゲイツは超金持ちだったからゲイツが望まなくても女性のほうからやってくるからね。
言い寄る女性に懲りたのかメリンダの良さを再認識し、1992年に再び交際し、前以上に親密となる。まあこのあたりは私の推測でしかないが。
映画館や食事に出掛けたり、海外リゾートに出掛けたりしても大きく報道されることはなかった。これは報道側があえてメリンダの名前を公表しなかったからだ。今で言う報道陣の忖度ってやつだね。
メリンダは大学でコンピュータサイエンスの学士号を取得し、その後もMBAも取得し、マイクロソフトに入社している。知的で面白い女性だったようだ。優秀だったこともあり どんどん昇進し、MS-DOS版のWORDと そのDTP版でもあるPublisherの製品マネージャーにもなっている。

こんな愉快なジョークがある。
メリンダと結婚することになったゲイツは報道陣に囲まれることになる。マスコミから「結婚のお祝いに任天堂のゲームでなく、任天堂そのものをプレゼントしたら?」、任天堂のファミコンが世界的ヒットとなっているが、まだマイクロソフトはゲーム機を持っていなかったからだ。
マイクロソフトの社内メールでは「子供の名前は、ビル2.3、メリンダ3.1にするのはどうだろう?」この数字は当時開発していたWindowsバージョンだね。
1993年3月にゲイツはプロポーズするが、その時のダイヤが大きくて、記者会見の際メリンダは指輪を片手で隠していたほどなんだ😆 1994年1月のハワイでの結婚式はハワイのホテルがほぼ貸切り状態になったとか。
スケールがでかいよね

尚、この原稿を書くにあたって これら真偽を確認した。確かにこれらエピソードは複数のサイトに掲載されていた。
但し、それらサイトの情報は「暴走する帝国(Bill Gates OverDrive) 翔泳社 1998年」の引用でしかない。
勿論、このBlogもその本の引用であり、プラス自分の感想を大幅に加えている。














































