流通システム/物流システム徒然記
豊洲1号店が成功して1年ほどして、次々に新しい店がオープンし、日本に新しい流通・物流システムが定着しはじめた。
そして、本家アメリカのマニュアルと異なる日本独自のマニュアルが誕生した。
当シリーズの一番最初に記載したように、セブンイレブンジャパン (設立当初ヨークセブン) は1973年にライセンス契約を行っている。
そのセブンイレブンの本家は、アメリカのサウスランド社であり全盛期の1987年頃は、米国 カナダで8200店舗、1984年ロサンゼルスオリンピックにはスタジアムを寄贈するほどの経営状態だったとのこと。 (何かの書籍を参考にしたのですが、書籍名が分かりません。ご勘弁下さい)
しかし、『ゼミナール流通入門(日本経済新聞社)』の書籍によれば、90年代前後に相次ぐ石油業界からの参入による競争の激化。
更にスーパーがコンビニの利便性を兼ね備え、競争が激化する。
1987年株価大暴落、敵対的買収に対するジャンク債の発行や不動産投資の失敗、石油事業の失敗などで、1990年1月にセブンイレブン本家に経営危機が襲った。
1991年、ついにサウスランド社は米国破産法の適用を受けてしまう。
このためセブンイレブンジャパンは、当時のプロジェクトメンバーであった鎌田を米国セブンイレブンに送り込み再建に乗り出した。
そして、驚くことにイトーヨーカ堂グループが、サウスランドの70%の株式(当時の日本円にして約580億)を引き受け、何と!サウスランド本社自体をセブンイレブンジャパンの傘下に収めるのだった。
若い人は知らないでしょうが、当時はかなり話題となったのだ。
日本の独自マニュアルを導入して再建に乗り出した3年後に黒字転換を図ったのだ。おお!
『それは全く異なるマニュアルだった。日本のセブンイレブンは、我々以上に成功した』
本家も日本のセブンイレブンを認めた。
これと、似たような話があります。
アメリカのスーパーは必要に迫られてPOSを導入した。
確かにバーコードはアメリカ主導で進められました。
しかし、POSシステムの開発は、一部の通説では日本が最初になっています。(注)
日本がJANコードの採用を決定したのは、年表によれば1978年です。
自分の手元のノートに記載しただけなので、何の書籍だったのか不明ですが、その翌年の1979年に日本マクドナルドが松下通信工業と一緒に開発しています。
日本マクドナルドの構築したPOSシステムは、その素晴らしさが認められ 本家アメリカのマクドナルドに導入されます。
同じようにして、日本のセブンイレブンが構築したPOSシステムは、本家アメリカのセブンイレブンも認め日本式システムを導入しています。
そして、2005年9月1日にセブン&アイ・ホールディングスが設立され、同時に連結子会社であるアメリカの 7-Eleven の完全子会社化を公表し、数ヵ月後にその実現に至っています。
おみごと!拍手!
(注)『POSは日本が世界初』 は、この説が正しいとは限りません。