自分とコンピュータ史

089 ジョブス追悼、西和彦さんの心意気

スティーブ・ジョブズの内容の延長線であるので、西さんのことを ここで触れようかな。

2011年10月5日にジョブズが亡くなった時は、日本でもかなり話題になった。亡くなる前に出版された本と合わせて追悼本が何冊も書店に並んだ。私も数冊買った一人です(😅…)。

日本でも追悼番組が組まれた。
この番組は、当時自宅でPCで作業しながらリアルタイムで見ていた一人だ。遅い時間帯だった記憶がある。

西 和彦
西さんWindowsを酷評されてキレル(YouTube)

突然怒り出した西さんに、「なんだ なんだ」とテレビに食い入ってしまった。この茂木さんの発言に西さんがキレル姿が私はとても嬉しかった。マイクロソフトと深い関係のある西さんであればキレルのは当然だ。追悼番組と言うことで黒ネクタイで出席した西さん。ジョブズ本人がWindowsを酷評するなら理解できるが、たとえ自分の感想であっても、茂木さんが公の場でWindowsを酷評する姿に関係ない私でさえ不快に感じた。

アップルOSはハードウェアと一体だ。言い方は悪いが、OSとハードウェアが一体であれば動作が安定するのは当然だ。WindowsOSは何千と存在するハードウェアを考慮しなければいけない。これはアップルの比じゃない。ゲイツがソフトウェアに拘ったWindowsの宿命だ。

西 和彦
西 和彦/ビル・ゲイツ/ポール・アレン ※1

もしマイクロソフトがハードウェアも手がけていたら、現在わたしたちが知るWindowsよりもっとすぐれたソフトウェアをつくっているはずだ。 ~中略~ Windowsはどのバージョンも、いらだたしい短所を沢山抱えている。[ジョブズ・ウェイ P241]

1977年アスキー出版が創業され副社長になるが、当時私(著者)は早稲田理工学部の大学院に在籍していて、窓から右手に見える機械工学科に凄い学生がいる噂を覚えている。[ビル・ゲイツⅠ/脇英世 著 P112]

西さんはアスキーの副社長、1978年11月にマイクロソフトの極東代理店アスキー・マイクロソフトを設立し、社長となる。さらに1979年にはマイクロソフト米国本社極東担当副社長にもなる。自らの本ではマイクロソフトのボードメンバーとも書いている。

ビル・ゲイツ、ポール・アレン 、西さん そして 後に加わるスティーブ・バルマー・・・メンバーが凄すぎる。ゲイツと半導体事業の方針で衝突し、西さんはマイクロソフトを辞める。その後 マイクロソフトが上場し、6,000億円を手にするチャンスを失う、これには相当後悔していることを本人自ら語っている。泣いて暮らした日もあったとか。

月刊アスキー創刊号
月刊アスキー 1977年7~9月号(創刊号~3号) ※2

1979年、西はNEC、日立、沖電気などへマイクロソフトBASICの売り込みを成功。1981年、IBM-PCが発売され、MS-DOSの参入決定に大きく貢献。続いてEPSON、京セラ、オリベッティ等のハンドヘルド・コンピュータの企画開発・・・ここで紹介しきれないほどの大活躍をされている。失敗したけどマイクロソフトが日本市場にMSXパソコンで参入したのも西さんが仕掛けたからだ。まさに日本市場は西さんの独壇場だった。[ビル・ゲイツⅠ/脇英世 著 P112~113 引用し、自己改変]

ゲイツと衝突してマイクロソフトを辞めたことにより、アスキーマイクロソフトは突如代理店契約が解消される。ちょうどその頃、上場を予定した関係もあり、日本法人マイクロソフトが設立される。西さんがアスキーに誘った古川享さんや成毛眞さんがそのままマイクロソフトに移籍し、マイクロソフトの初代社長、2代目社長となっている。西さんがゲイツと喧嘩しなかったら、そのまま西さんがマイクロソフトの日本のトップとして大活躍していたことは間違いない。

BARホリエモンチャンネル
BARホリエモンチャンネル(YouTube)

更なる内容は、僕が「ウインドウズ」を愛してやまない理由 [反省記/西和彦 著 P230]  に詳細が記されてある。個人的に滅茶苦茶面白い。やはり西さんはマイクロソフトが大好きなのだ。

話は最初に戻るが、だから西さんが日本で大活躍していたことを知っていた私は、西さんのキレル姿に私はとても嬉しく思ったのだ。そうあるべきだとも思った。まあ番組終了後には、和解しているらしいが・・・あらら、二人は常識人だったんだな。


話は逸れるが、データショウ か ビジネスショーで、日本マイクロソフト初代社長 古川享社長自らがマイクロソフトの製品デモをした。Windows3.1の製品発表の時なので1993年だったかと思う。今から思えば社長が製品デモするなんてマイクロソフトも若い企業だったんだなあと思う。私は古川社長のデモを観客として前の方で見ていた。

今でもしっかり覚えている。古川社長がプレゼンしている途中にWindows3.1はフリーズしたのだ。
Windowsのフリーズを経験した人は多いと思うが、プレゼン中に画面が固まってしまったのだ。

古川さんは慌てることなくPCのリセットボタンを押し、再起動するまで黙って見ていた。その姿を観客も黙って見ていた。私も黙って見ていた。「Windowsはフリーズするんだよ」と観客にPRすることになってしまったが、この行為に観客の誰一人失笑することはなかった。得意げに説明していただけに古川社長が気の毒に思ったもんだ。

どんなに準備をしていても本番で予期しないことが起きることは良くある。[ジョブズ・ウェイ P148]の本の中にもトラブルが発生したときのジョブズの対応が描かれてある。

クラブのDJ
クラブDJとMac ※3

ナイトクラブのDJは、音楽の再生にマックを使う人が多い。PCもいるが、マックノートが圧倒的に多い。マックはクールだからなのだと私は思っていた。~ 中略 ~ しかし、DJからはまったく違う答えが返ってきた。
「クラッシュしないからですよ。コンピュータがフリーズして契約が打ち切られたら たまりませんからね」 [スティーブジョブズ 驚異のイノベーション P189]

誤解しないで欲しい、私はビジネスではWindows派だ。


写真
アイキャッチ BUSINESS INSIDER
※1 KOBECCOア-カイブ
※2 月刊アスキー 1977年7月号(創刊号)~9月号
※3 DJはなぜMacBookを使うのか?

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