自分とコンピュータ史

007 紙カードとプログラミング


現在、プログラムやデータを起こす場合、大抵はモニター越しにキーボードで入力する。
何を馬鹿みたいなこと言っているのかと思うだろうが、40年前はそれが当たり前ではなかったのだ。

紙カード

私が新社会人となる1982年頃の話をしよう。40年前の話だが、この40年はとんでもなく大昔となる。
紙カード1枚で1行80桁、マス目の入ったコーディング用紙に鉛筆かシャープペンでプログラムを書く。
まさに手でコーディングするのだ。まだ机上にパソコンは存在していない時代だ。せっせと手でプログラムを書いていたのだ。

コーディング用紙

その紙に書かれたコーディング用紙を見てキーパンチャーが紙カードにパンチしてデータを起こす。
今となっては嘘のような話だが、この時代は女性キーパンチャーなる職業が存在し、キーパンチャーなる専門会社さえ存在していた。

キーパンチャー
まさに当時の映像と同じ情景がこれ!

紙カードはパンチカードと呼ばれ、下の画像で1枚80桁の文字となる。
1枚の紙カードの縦1列の穴の開け方で、その1列が1つの文字(数字/記号)を表現する、それが80列集まって80桁の文字を成す。

パンチカード

当時のプログラムの主流は、COBOLFORTRANそしてPL/Iだ。
1枚の紙カードが80桁で1行分故、500ステップのプログラムの場合は、500枚の紙カードが必要になる。紙カードはプログラムだけではなく、データとして使われることもある。

一度パンチされたカードは同じ処理を行う場合など再利用することは多々あるが、大多数は廃棄される。そんなこともあり湯水のように紙カードが使われた。実に勿体ない話だ。

人間が識別出来るように、パンチカードの最上段には文字が打たれる。
上の画像だと * FD LIST=DA,VOL=WORK,TRK=5,SOUT=A とパンチされているのが分かる。
分かる人が見れば、これはJCL文だと言うことが分かる。

1行80桁で済まない場合は、紙カードを2枚にまたがらせることは可能だが、大抵は80桁以内で命令を記述する。
そんな理由は関係ないと思うが、当時は長い項目名やルーチン名は使用しなかったのだ。

000100 MOVE KAZOKU-TEATE TO WK-TEATE. なんて感じで記載する。(最初の数字は行番号)


(注)写真はネットから最も自分の体験談とマッチする写真をお借りしています。

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