自分とコンピュータ史

165 ラリー・エリソンと情報スーパーハイウェイ

1990年~2010年頃まで
ラリー・エリソン by オラクル(#5/5)

この本は1998年3月1日初版だが、1998年と言えば、その年の6月にコンパックがDECを買収している。私にとってコンパックは単なるパソコンメーカーの印象しかなかった。IBMに次ぐ超名門企業DECが買収されるなんて、とても信じられなかったんだ。

暫くして、似たような衝撃が走る。2010年1月 オラクルは超有力企業サン・マイクロシステムズを買収したのだ。私にとってサンはUNIXの覇者であり、超名門企業だったため、初めて知ったとき「嘘だろう!」となった。

情報スーパーハイウェイ

オラクルにも何度かの危機はあった。最大は1990年10月31日の株価急落だ。この急落は株式市場の低迷がありオラクルだけの責任ではないが、それ以前に投資家の信頼を失う不正取引があった。株主や融資銀行は、エリソンの辞任要求をするもエリソンはそれに屈しなかった。

このときビル・ゲイツはオラクルの株式を大量に取得したらしい。エリソンは「全財産を失う可能性があった、スリル満点だった。殆ど快楽だったな」とジョークなるコメントを残している。こうしたコメントはスティーブ・ジョブズと似ている。

オラクル社は1990年に死にかけたが、見事に復活し、快進撃を続け、あれは一時のつまづきだったと言われるようになる。1992年オラクル7をリリースする。オラクル7は、個人的に仕事に最も関係深いバージョンとなり、馴染みが一番ある。相変わらず画面インタフェースはチープだったけどね。

1993年にアル・ゴア副大統領が、日本のNTTからヒントを得て「情報スーパーハイウェイ」を唱える。「ビル・ゲイツ 未来を語る」にゲイツが熱く語ったように、エリソンンも主役に躍り出る。

この頃のキーワードは、セットトップボックス(STB)、ビデオ・オン・デマンド(VOD)、ネットワークコンピュタ(NC)だ。エリソンはアップルから追い出されたジョブズと一緒にビジネスをやろうと動く。「カリスマ」には、エリソンは仲の良いジョブスと一緒にアップルの買収も考えたようだ。


STBの外観はこんな四角な箱でしかない

各種メーカーからSTBの試作品は登場するが、徐々に情報スーパーハイウェイ構想はトーンダウンし、やがて頓挫する。もっと魅力的なものが登場するからなんだ。

それがインターネットだ。オラクルもマイクロソフト、サン・マイクロ、IBMなど有力企業は拍子抜けしただろうね。インターネットが注目されだす1994年、ネットスケープ社が設立され、異常な盛り上がりを示す。

1995年、Windows95が登場するもブラウザは含まれていなかった。Windows95のリリースに間に合わなかったからだ。後付けで Microsoft Plus! を拡張機能とし、Internet Explorer(日本発売はIE 2.0)の提供を最大の売り文句として発売した。

勿論、私も購入した一人だが、その後も何故か私はIEでなくNetscape Navigatorをずっと愛用し続ける。今も尚、Netscape Navigatorから派生したFirefoxが1番目のブラウザであって、Chromeは2番目となっている。

オラクルマスター


当時のオラクル受験対策本

データベースの雄となったオラクルは、オラクルマスターと称するオラクル認定試験を定める。確かOracle7からだった気がする。別に資格を持たなくても仕事に関係ないが、この資格の有無でスキルの判断が容易に出来るため、当時は非常に重宝された。

Bronze、Silver、Gold、Platinumの4段階。最初はBronzeは存在しなかった。

「カリスマ」に登場したラリー・エリソンとは

創業前のラリー・エリソンはプログラム開発をする優秀なエンジニアだったようだが、エリソンの個性が強すぎて どうにもそれがイメージ出来ない。

尚、オラクルは、UNIXの覇者である超優良企業のサン・マイクロシステムズを2010年に買収するが、この本は1998年出版のため、話はそこまで触れられていない。きっと興味深い企業買収ストーリーを語ってくれたはずだろうね😆

上下巻を最後まで読むと、女好きだが仕事に猛烈に突進する個性豊かな人物だと理解できる。男ならこう生きたいと思う人は少なくないはずだ。

この本は、目次がない。章立てになってはいるが、いきなり文章が始まり、下巻は9章から通しページの283ページから始まる。ちょっと不思議な印象を受ける。これもエリソンの個性の表れなのかもしれない。

オラクルが大きくなったのも、オラクルの前身時代(SDL社やRSI社)の会社は、失うものは何も無いチャレンジ精神があったからこそだと思う。

IBMがデータベースで天下を取れなかったのは、あまりにもメインフレーム重視であったためであり、古い体質だったからだ。

「カリスマ」にこんな名文句が書かれてある。
・IBMがリレーショナルデータベースを提唱したくせにオラクルに持っていかれた
・ゼロックス社のパルアルト研究所が公開していたGUIはMacやWindowsに持っていかれた
・IBMがマイクロソフトにDOS開発を依頼して、最終的にOS主導権をマイクロソフトに持っていかれた

なるほどね😆

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