自分とコンピュータ史

176 情報検索の覇者、グーグル登場

1996年~数年
情報検索の覇者、グーグル(#1/6)

スタンフォード大学のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの二人は、金儲けに興味を示さず、純粋に使い易い検索エンジンの開発に身を投じ、結果としてGoogleを巨大企業に成長させた。

インターネット黎明期の検索サービスに Yahoo!(1994年~)、AltaVista(1995年~)、Infoseek(1996年~)、Excite(1997年~)、Goto(1997年~、後のOverture)があった。私はGotoの使用経験はないが、他の経験はかろうじてある。当時の検索エンジンはとても貧弱で、身の回りの知りたい情報は殆ど検索されなかった。

1996年 ラリーペイジは、スタンフォード大学のビル・ゲイツ360号研究室、サーゲイ・ブリンは別の研究室だったがゲイツ360号室に入り浸って、徹底的にユーザー目線に立った検索サービスを開発する。

 自分たちでプログラミングし、自分たちでサーバーを組み立て、サーバーは中古で大量に調達してきたPCを改造・組み立て直し、そのPCサーバーを繋ぎ合わせ、インターネット上の情報(インデックス)を蓄積していった。OSはフリーのLinuxを利用し、低コストを実現している。実に学生らしい堅実なスタートだった。検索エンジンは優秀だったから、口コミで評判が広がっていく。(画像:wikimedia)
 

初期のサーバーはコンピュータ歴史博物館に展示されている。可能な限りお金を掛けない彼らの開発手法は実に理想的だ。

1998年 サンマイクロのベクトルシャイムから支援を貰う。その後、アマゾンのジェフ・ベゾスも2人に惚れこんで出資している。

【関連】:166 サンマイクロ の中段の記載

この頃に先行していたYahooは、ディレクトリ型検索エンジンだった。人を介して審査に通過したらインデックスに登録するんだ。信頼性は高いけど、どうしても情報量に制限がある。人が登録審査するなんて、今にして思えば考えられないよね。

実はウェブサイト黎明期、自分が作ったサイトをYahooに登録申請したことがある。確か審査が通るまで数日間を要した。

こんな調子だったから、検索エンジンに登録代行するサービスさえあったんだよ。今では嘘みたいな話だけどね。

これに反して、Googleはロボット型でロボットが勝手に情報を取得した[ペイジランク]方式を導入した。ラリー・ペイジの考案からペイジランクと任命されたのは有名。これは、[沢山のリンクの貼られているサイトが価値があるサイトと判断し、検索上位に表示する] 方式のことだ。

ペイジとブリンは、検索機能にとことん拘った。
評判は広まるも収益がなかったため、資金を確保するためAltaVista や Yahooなどに 100万ドルでシステムを売る話を持ち掛けたこともあったんだ。

しかし、当時は検索エンジンが直接利益につながるとどこの企業も思っていなかった。例えば AltaVistaはDEC社が親会社だったが、DEC社は検索エンジンは自社サービスのひとつでしかない、検索で稼げるなんて思っていなかった。

Google 誕生!

結果的論だけど、どこからも取引がなかったことは良かった。二人は挫けずに性能に磨きに磨きをかけ、その検索機能を更に進化させた。Googleの検索エンジンは高い評価を得て、宣伝なんかしなくても どんどん利用者は増えていった。

そして 1998年、会社設立に舵は向けられた。ガレージ・オフィスの誕生だ。

自前で構築した中古のLinuxサーバーはどんどん膨張し、数百台・数千台と増え、手が負えなくなっていく。会社の成長に合わせデータセンターを増やし、海外にまで広がっていくも常に資金不足が課題となった。

1999年6月 クライナー・パーキンズとセコイア・キャピタルの2大ベンチャー・キャピタリストがついた。条件として、若すぎる2人に豊富な経営経験のある有識者を雇い入れる条件がつくが、システムに夢中な2人は そんなことどうでも良かった。

会社経営に経験のない2人が、急成長する会社をコントロールすることに無理があったんだ。
このため結果を先に言えば、後に経営の番頭役として 2001年にエリック・シュミットが加わることになった。シュミットは、サン・マイクロシステムズやノベルに在籍した頭脳明晰な人物だ。ちなみにビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズと同じ1955年生まれなんだ。ゲイツやジョブズほど有名じゃないけど、とても頭脳明晰、凄い人物なんだよ。

もし、シュミットがいなかったらGoogleは成長する前に空中分解していた気がする。シュミットが若者にありがちな暴走を穏やかに操縦したんだ。

スティーブ・ジョブズもシュミットみたいな人物がそばにいて、暴走するジョブズをなだめることが出来たなら、全く違ったアップルになっただろうね。ジョン・スカリーがアップルに加わるが、こともあろうにジョブズを追い出してしまうからね。

徐々に頭角を表すGoogleだったが、2000年頃の自分を思い起こせば・・・その頃はYahooをメインに使用していた。この頃の日本は、Yahooのほうが広く知られていたんだ。この頃、日本でのGoogleの知名度は、まだなかったなぁ。


引用画像:wikimedia.org

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