1984年~1986年頃
デルコンピュータ(#2/5)
デルは医学部に通うインテリで、大学に通いながらIBM PC互換機を組み立てて販売した。1984年には [PC’s Limited] なるブランドで、デル・コンピュータ・コーポレーション(Dell Computer Corporation)を1,000ドルの資本金で設立する。

勿論、PCは道楽でしかないと思っている両親は大反対だった。ある日、デルの父親が学生寮に訪れ、部屋の中がPCパーツだらけで明らかに勉強をしていない息子を見て怒る。親孝行なデルは暫くPCに触れることなく生活するも、3週間しか我慢出来なかったらしい。
結論を書けば、親の許しを得る前に1984年に医学部を中退している。当然両親は怒るよね。だから暫く両親と疎遠になったようだ。
ユーザーはIBM PC互換機の高性能モデルを求めたこともありPC事業は順調に進んでいった。両親も最終的にデルを認めることとなるんだ。

デルコンピュータの営業は PC Magazine・BYTE誌などの専門雑誌に広告を掲載し、電話・FAXで注文を受け付ける手法だ。当時、米国は日本ほどFAXは利用されていなかったので電話注文がメインだったんじゃないのかな?
事業は順調に拡大するが、当時はインターネットなんかない。PCのオーダーメイドと言っても、タワー型はどのサイズ? CPUはどれにする? メモリは? フロッピーディスクドライブは1つ2つ? ハードディスクは付ける? 付けるなら10MB 20MB それとも40MB? モニターは何インチ? なんてレベルだったと推測する。
これが BTO(Build To Order)の基本形となる受注生産のスタートだ。今から思えばとんでもなく効率は悪いけどね。
日本のPC小売店、ステップ
当時、日本でステップ(STEP)と称する激安PCショップがあった。最盛期はPC専門雑誌に常時広告を掲載していた。私が記憶しているだけでも日経パソコン、日経バイト、PCマガジンなどに常連広告を見かけた。低価格の印象が強烈で、私はよくSTEPの広告をチェックしていたもんだ。

秋葉原に出掛けると、店舗前にA2サイズで小さな文字でびっしり書かれたチラシが何百枚と置かれ、それを確認し、店頭もしくは電話で購入するスタイルだった。デルも雑誌に広告を掲載し、電話で注文を受け付けた。ほぼ同時代だ。
今でこそデルは世界有数の企業になったけど、スタートアップ時の規模はステップと似たり寄ったりだったんだ。
では、何故ステップは消えたのか?
ステップの低価格戦略はマニアには高い評価だったけど、ステップが掲げた「5つのNO!」はユーザーに対する配慮が大きく欠けた。

PC初心者には敷居の高いショップとなり、ユーザーの裾野が広がらなかったんだろうな。いづれ「5つのNO!」を撤廃するも、既に時遅しだったんだ。
デルのように常にユーザーに寄り添った戦略を取っていたら、ステップは今も生き残っていたと思う。
STEPの後継進化型がマニア色の強いドスパラ、ツクモ、マウスコンピュータってところかな?
【関連】066 5つのNO!ステップ(#2/4)
デルもステップもアナログな販売方法だったけど、これが当時は一般的な販売方法だったんだ。


















































