1994年~2000年
ヤフー!(#1/5)
創業者の二人、デビッド・ファイロとジェリー・ヤンはスタンフォード大学で出会う。
1993年から1994年初頭にファイロがお気に入りのリストを表示したサイトを作る。俗に言う「便利なリンク集」ってやつだ。
リンク集は階層的に整理され、検索を可能とした。スタンフォード大学内のコンピュータを借りて、Webリンク集を公開する。最初は「Jerry’s Guide to the World Wide Web」だったが、そこにジェリーの名前だけでなく、デビッドの名前も加わった。

(1994年)のYahooトップ画面(Web Design Museum)
最初のリストは僅か100程度、訪問者は週に1,000程度(それでもかなり多いよね)のささやかなサイトだったようだ。
勿論、ブラウザはこの頃に鳴り物入りで登場したネットスケープナビゲーターだった。
リストの数はどんどん増え、それにつれて訪問者も増え、いつしか毎日5万アクセスになる。サイト名をYahoo!に命名し、カテゴリーを19個に分ける。1995年1月にはリストは1万を超え、何とアクセスは1日100万人を超えたらしい。
このため大学のサーバーはパンク状態となり、大学側は2人にコンピュータの貸し出しを中止する。1995年 サーバー移転に資金が必要となりYahoo!を法人化する。

Netscape Navigator1.0 1994年 (Web Design Museum)
ちなみに登場初期 Netscape Navigator1.0 の上の画像の一番右側に見える[Net Directory]ボタンは、Yahooのトップ画面にリンクしていたようだ(真偽は定かでないので引用に注意)。
当時、ブラウザNetscape Navigatorが大注目されていたため、多くの人はYahooのこの便利リストを利用したって訳だ。
当時を思い出せば、こうした相互リンクはホントに良く見かけた。インターネット黎明期は便利サイトが殆どなかったため重宝されたんだ。
1997年頃に日本でも[千里眼]ってサーチエンジンが少し話題になった。私も試してはいるが、目的とする結果が表示されず、殆ど使えなかった記憶だけある。[千里眼]は早稲田大学で生まれ、アスキーにサーバーが移転したのは西和彦さんの影響があったのかも?
【関連】090 西和彦 反省記

1995年のYahooトップ画面(Web Design Museum)
上の画像の下側に [Thanks to Netscape Communications for hardware and network resources.] と記載されている。Yahooは、ネットスケープナビゲーターととても親しかったんだ。
1995年3月、Yahoo!サイトを会社組織にするも、内気な2人は社長になる気なんか全然なかった。そこで、Yahoo創業後に参加、貢献したティム・クーグル(Tim Koogleなる人物名)がヤフーのCEO兼会長に、ジェフ・マレットがCOO兼社長になる(下の写真)。と言っても、混沌とした環境で会社と呼べるシロモノではなかったようだ。
1996年に登場するGoogleは、ロボットがインターネットを巡回してリストを自動取得する仕組みだが、Yahooはサイトを目で確認して登録する手作業だった。大学生らの手を借りて、リンク集はどんどん増加していった。

Jerry Yang, Tim Koogle, and Jeff Mallett.
画像:Internet History Podcast
この頃、Yahooの社員は10名程度だったが、Yahooの将来性を見抜いたソフトバンクの孫さんが投資し、時を合わせて1996年 Yahoo!Japan がスタートする。

1997年のYahooトップ画面(Web Design Museum)
アメリカ本家Yahooの1996年2月のアクセス数は600万/日、年末には2000万/日、プロダクトとサービスを充実させていった。さらに1997年は6500万超え、1998年には1億6700万となった。(FAILING FAST 45頁の数字)
アイキャッチ画像:1999年のYahooトップ画面が背景(Web Design Museum)



















































